大阪府吹田市の関西大学すぐそばの「聖地」が今年6月、復活した。アニメ「鬼滅の刃」の主題歌を作曲したミュージシャンも生んだライブハウスだ。コロナ禍で昨年秋に一時閉店したが、関大卒業生らが協力して再開にこぎつけ、コロナの逆風を受けながら「音楽の灯」を守っている。
扉を開けるとギターやドラムの爆音が響く。「感染予防は徹底するが、来たからには思いきり演奏してほしい」。ライブハウス「TH(ティーエイチ)―R(アール) HALL」の店長、三木要(もとむ)さん(32)は話す。
関西大学千里山キャンパス(吹田市山手町)から歩いて数分のこの場所は数十年にわたり、関大で軽音楽をする学生たちに親しまれてきた。
「ライブハウスってこんなところだと教えてくれた場所」と語る草野華余子(かよこ)さん(37)。アニメ「鬼滅の刃」の主題歌で大ヒットした「紅蓮華(ぐれんげ)」の作曲家だ。
2002年に関大に入学した草野さんが軽音学部の部員として初めて訪れたライブハウスが「TH―HALL」(当時)だった。カウンターバーがあって、目の前でバンドが演奏。「大人になった感じ」だった。音楽を仕事にしたい、そんな淡い夢を持った自分の「背中を押してくれた場所」という。大学からの帰り道にふらっと立ち寄り、ほかの人の演奏が聴ける、「近所の駄菓子屋さん」のような身近さも魅力だった。
そんな場所がコロナ禍の昨年9月、閉店することになった。「自分を育ててくれた場所でライブして恩返ししたいと思ってたからショックだった」
同じように感じていたのが、現在のライブハウスを切り盛りする三木さんだ。三木さんも元関大生で、軽音サークルに所属し、「聖地」で何度も演奏した。大学卒業後、大手の飲食会社に就職したが、音楽への思いを断ち切れずに退社。DJや音楽専門学校の講師の仕事をしていた。「思い出の場所がなくなってしまうのか」。そんな思いでいた昨年12月、ライブハウスの場所が貸しに出されていることを知った。
いてもたってもいられずなつかしの場所を訪れると、アンプやスピーカーなどがそのまま残されていた。出演した人たちが楽屋の赤い壁一面に残した落書きもあった。「ここを復活させられないか」。だが、先の見えないコロナ禍でライブハウスを個人で背負うにはリスクも大きい。
そこで相談したのが、つきあいのあった音楽プロダクション会社「LD&K」(本社・東京)取締役の菅原隆文さん(51)だった。菅原さんは「音楽に熱い三木君の話をきいて、協力したいと思った」。同社は運営を即断。三木さんに店長を任せることにした。
菅原さんは「いろいろな思いを持った人が集まって音楽でそれを刻む。そんなライブハウスという場所を守る手伝いをしたい」という。名前は「Restart」などの意味がある「R」をつけて「TH―R HALL」となった。
三木さんがツイッターで「ライブハウス再開」を伝えると、草野さんらも喜びのツイートを寄せた。
「本当にうれしかった」というのは現役関大生で軽音サークルでギターを担当する佐野久矢さん(21)。入学後、ライブや練習を重ねてきた場所。閉店が決まった昨秋には「ホームがなくなった気持ち」だった。「またあそこでやれる」と喜びがこみ上げた。
草野さんは8月、新しくなったライブハウスを訪れた。「楽屋の落書きもそのまま残っていて、懐かしい。復活してよかった」と話す。今後、ステージに立つことも考えているが、自らコロナに感染した経験から「ライブハウスを守るためにも感染対策ありき。その中でできる限りの恩返しをしたい」と語る。
コロナの影響で学生たちのライブはキャンセルが相次ぐが、店長の三木さんは「できるようになったら」とバンドに中止ではなく延期してもらっている。
「学生時代にバンドをやっていても、音楽を仕事にする人なんて一握り」と三木さんは言う。「でも、バンドの経験が人生を支えることがある。そんな場所を守りたい」と語った。(染田屋竜太)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル