ビルマ戦記を追う<46>
兵隊や軍医、捕虜、外国人といった、さまざまな人が書き残したビルマでの戦記50冊を、福岡県久留米市在住の作家・古処誠二さんが独自の視点で紹介します。
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第四十九師団に触れたので本書も紹介しておきたい。副題は「地獄の戦場 狼兵団の戦い」である。著者の三島四郎氏は軍医として主に伝染病棟で勤務している。
本書には、福岡県民の関心を引く逸話が早々に出てくる。三島氏の診た患者の中に福岡歩兵第百二十四連隊の兵隊がおり、おおむね次のような述懐をしたという。
「ガダルカナルは動かなくてよかったし若干食物もあったが、インパール作戦のコヒマでは食物がまったくなく、転進に際しては山また山だった」
当たり前のことだが軍医はその職務を遂行する上で様々(さまざま)な兵隊に接し、また風聞に接する。歴戦兵団は「悪性マラリアがある場所にはカラスがいない」との経験則を持っていたらしく、「カラスも罹患(りかん)するのかも知れない」と三島氏は書いている。第四十九師団がビルマに入ったとき戦はすでに大きく傾いており、ゆえに噂(うわさ)の類にはとりわけ意識が向いただろう。加えて異国のことである。見聞の逐一が新鮮であったことは想像にかたくない。風景、噂、勤務等が筆のおもむくまま書かれた本書は散漫かつ人間的である。
ビルマの先輩将兵から知識を吸収しつつ三島氏は戦地の要領を身に付けていった。チフス、コレラ、ペスト、疱瘡(ほうそう)等、ビルマの将兵は命に関わる伝染病と隣り合わせで戦い続けている。三島氏の勤務する伝染病棟に入院患者が途切れることはなかった。それはつまり退院を早めねば病院が回らなくなるということである。三島氏は三回の検便で菌が出なかった患者を次々と退院させた。ビルマの長い部隊では三割が保菌者との通知もあり、ときどき菌が出る者を原隊へ返したところで仕方がないと割り切るしかなかった。
ちなみに検出される菌は防疫給水部で調べられることになっていたという。そのあたりの繋(つな)がりが詳しく載っている戦記があれば読んでみたいものである。 (こどころ・せいじ、作家)
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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。
西日本新聞
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