「不眠のショウジョウバエ」の研究を続けてきた名古屋市立大薬学部教授の粂和彦さん。ハエの遺伝子の研究が、私たちの睡眠や体内時計の解明につながっているという。研究のかたわら、睡眠に悩む患者とも向き合ってきた。
研究室を訪ね、実験室の扉を開けると目の細かいカーテンが目の前に現れた。「遺伝子を変えた、自然界には存在しないハエを扱っていますから、外に出さないためです」と粂さん。とはいえ、飛んでいるハエはいない。常時1万匹以上を保管しているが、すべて試験管の中で生きたまま管理している。
ハエの脳波は調べられないので、一定の時間、動かない状態を「睡眠中」とみなす。1匹ずつ細長いガラス管に入れ、動いたら赤外線で感知する装置を使って行動を記録し、1分単位のデータを収集、解析する。
粂さんは約20年前、ハエの行動観察の過程で偶然、休まずずっと動き回っている個体を見つけた。「fumin(不眠)」と名付けたそのハエは、交配させると、子、孫も同じ異常行動をとることが分かった。
調べたところ、脳の神経伝達物質ドーパミンのブレーキ役の遺伝子が欠けていることが判明。このたった一つの変異のため、覚醒作用が強く眠らなくなっていることが分かった。覚醒を制御するハエのドーパミン回路は記憶の回路とは独立していることも明らかになった。一方、交尾行動やオス同士の戦いに関わるドーパミンの回路は覚醒と関わり合っていた。
ドーパミンは人間の脳でもいくつもの重要な働きをすることが知られている。覚醒のほかにも、学習や記憶、「快い」「うれしい」という感情、意欲、運動の調節……。
「見た目はもちろん、脳の仕組みがこんなに違うハエが、人間と同じ物質で覚醒の制御をしている。しかも、人の『心』と関わる物質ですから、これは面白いと思いました」
こうした研究は、人間を含む哺乳類の睡眠の研究ともつながる。
近年、盛んなのは「眠気」の…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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