2019年の参院選をめぐる買収事件で、河井克行元法相(60)=公職選挙法違反罪で実刑確定=から現金30万円を受け取ったとして、同法違反(被買収)の罪に問われた元広島市議の木戸経康被告(67)の初公判が27日、広島地裁であった。元市議は「受け取ったものが現金との認識はなく、買収報酬の趣旨との認識もなかった」と無罪を主張した。
元市議側は、東京地検特捜部の検事に任意聴取を受けた際の録音データが存在すると明かしている。検事が不起訴処分を示唆した上で、現金は買収目的と認めるよう促すやりとりがあるといい、元市議側はこの日の初公判で「不起訴の可能性をにおわせながら供述を誘導した」と改めて訴え、公訴棄却を求めた。
弁護側は冒頭陳述で、元市議が現職だった20年3月、ホテルの一室で初めて聴取を受けた際、検事から「検察につくのか、河井さんにつくのか。はっきりしてくれ」と迫られたと主張した。
初公判後、弁護人の田上剛弁護士は記者会見を開き、元市議を聴取した検事の証人尋問を申請したと明かした。採否の判断は留保されているという。元市議は欠席した。
録音データの存在は、田上弁護士が21日に明らかにした。20年3~6月に計9回、検事の聴取を受けたうちの計約7時間分で、買収資金との認識を否定する元市議に対し、検事が「認識がないというのは否認になる」「できれば議員を続けてほしい」と言及。元市議が容疑を認める調書に署名した後に否定しようとすると、「全面的に認めて反省していることを出してもらい、不起訴や、なるべく軽い処分にという風にしたい」と言われたとした。
検察側は当初、元市議の「自白調書」を証拠提出する方針だったが、弁護側が録音データがあると伝えたところ、請求しなかったという。
元市議の起訴内容は、19年4月3日ごろ、元法相の妻の案里氏(49)=同法違反の罪で有罪確定=の選挙運動の報酬と知りながら、同市内で元法相から封筒に入った現金30万円を受け取ったというもの。
「検察が不起訴示唆」訴え相次ぐ
元法相の公職選挙法違反事件は、別事件の捜索で見つかった「買収リスト」が端緒とされる。
検察当局は2020年1月、車上運動員に法定上限を超える報酬を支払った疑いで、河井夫妻の自宅などを捜索。パソコンからデータを復元すると、夫妻がいつ、誰に、どれだけ現金を渡したかを記したとみられるリストがあったという。
検察は違法報酬事件を終えると、リストに名前がある地元政治家らの聴取に着手した。中心を担ったのが、東京地検特捜部から派遣された10人ほどの検事だった。
複数の議員が、長時間の聴取が何度も続いたと証言する。そうした議員から、検察が不起訴を示唆して「自白」を誘導したとの訴えが相次ぐ。
元広島市議の谷口修氏(76)=公判中=は、検事から「河井氏をあげるためで、あなたには迷惑をかけないから協力してくれ」と言われたと主張。元同市議の伊藤昭善氏(72)=同=も「(過去の事件で)情報をくれた者は起訴しない取引をした」と説明されたと証言した。「起訴しないという誓約書を書いて欲しい」と求めると、「それは書けない。検事を信じてもらうしかない」との話があったと訴えている。このほか、朝日新聞の取材に対し、河井氏の逮捕前から「不起訴を示唆された」と話す議員が複数いた。
一連の捜査・公判を経て、元法相は地元政治家ら100人に計約2900万円の買収資金を提供したと認定された。検察は当初、被買収側は全員不起訴としたが、検察審査会が起訴相当と議決した35人について、9人を在宅起訴、25人を略式起訴に。略式起訴のうち3人が正式裁判を求めた。
正式裁判となった12人中6人には地裁判決が出ており、いずれも現金を受け取った時期や状況などから有罪となった。
繰り返し聴取を受けた元県議が不当捜査と訴えた国賠訴訟でも、検事の「誘導」や「脅迫」が争点になったが、地裁判決は「自白を強要するための利益誘導とは評価できない」などと退けた。
検察内「組織的指示は、ない」、問題視する声も
今回の問題の主な焦点は、利益誘導による違法な取り調べがあったのかや、上司の指示といった組織性の有無となる。
関係者によると、録音データには「不起訴で終わるとの約束はできない」などという検事の発言も残っていた。法務・検察内では「個々の文言にまったく問題がないとは言えないが、全体をみれば明確な利益誘導とまではいえない」との見方がある。不起訴を約束して自白を引き出すようにという組織的な指示は「ない」としている。
一方、被買収側が客観証拠から相次いで有罪になっている中、「当時の調べは依然として自白への依存度が高く、無理をした。利益誘導と疑われかねない」と問題視する声もある。「買収リスト」に沿った供述が必要というプレッシャーを現場の検事らが感じていた可能性もあり、「問われるべきは一検事ではなく、特捜部のやり方」との指摘も出ている。
公職選挙法違反の罪は、捜査協力の見返りに刑を減免する「司法取引」制度の対象外だが、河井元法相側は「違法な裏取引をした」と訴えてきた。最高検は、元市議らへの判決を踏まえて調査し、「適切に対応する」としている。
元東京高裁部総括判事の門野博弁護士は「裁判では、捜査当局が得た供述の任意性を争う例が絶えない」と指摘。現在は逮捕・勾留中に限定されている取り調べの録音・録画の範囲を「任意聴取にまで広げることも検討すべきだ」と話した。
検察の取り調べを巡る地元政治家らの主張
木戸経康・元広島市議 「全面的に認めて反省していることを出してもらい、不起訴やなるべく軽い処分にという風にしたい」と言われた=公判中
伊藤昭善・元同市議 「地方議員を追い込むことが目的ではない」と言われた=同
谷口修・元同市議 「あなたには迷惑をかけないから協力をしてくれ」と言われた=同
藤田博之・元同市議 公訴権の乱用があったと主張=同
木山徳和・同市議 「陣中見舞い(との趣旨)を認めるので協力してほしい」と言われた=同
三宅正明・同市議 「協力してくれれば正直者が馬鹿をみることは絶対にない」と言われた=同
渡辺典子・広島県議「このまま(否認)だと河井さんと沈んでいく」と言われた=一審有罪、控訴
矢立孝彦・安芸太田町議 「ターゲットは河井夫妻。あなたは大丈夫です」と言われた=一審、二審とも有罪
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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