始まりは2018年10月3日だった。
午前7時過ぎ、大川原正明さん(72)は社長を務める会社に向かおうと、横浜市の自宅を出た。そこで、男たちに声をかけられた。
「外為法違反です。令状、出てますんで」
男らは警視庁公安部の捜査員を名乗った。
「何の件ですか」
大川原さんは驚きながら尋ねたが、彼らは「捜査の秘密ですから言えません」と答えるだけ。自宅の家宅捜索が始まった。
それからおよそ2時間後、大川原さんが社長を務める機械メーカー「大川原化工機」の横浜市都筑区にある本社には、50人を超える捜査員が集まっていた。こちらでも家宅捜索が始まった。
大川原化工機は「知る人ぞ知る」会社だ。手がけるのは、液体を粉に加工する「噴霧乾燥機」。身近なものではカップラーメンのスープ用粉末や粉末コーヒーを作るのに、噴霧乾燥機が使われている。医薬品や電池の材料にもなる。大川原化工機はこの分野で国内シェアトップのメーカーだ。
ある日突然、警察が身に覚えのない嫌疑で会社や自宅に踏み込んできたら。逮捕された社長や役員が勾留され、1年近くも裁判官に保釈を許されなかったら――。専制国家での話ではなく、現代の日本で実際に起きた話だ。当事者たちはどう向き合ったのか。5回の連載で報告する。
「いま、警察がたくさん会社に来ています」
東京・大手町に事務所を構える高田剛弁護士のもとに、大川原化工機の社員から電話がかかってきたのは、捜索のさなかだった。高田さんは大川原化工機の顧問弁護士。経験のない出来事に、動揺している様子が電話越しにも伝わってきた。
「何か心あたりは?」…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル