「闇金ウシジマくん」「九条(くじょう)の大罪」で知られる漫画家・真鍋昌平(まなべしょうへい)さんと、テレビ東京プロデューサーの上出遼平(かみでりょうへい)さんの対談第2弾。話題は、上出さんの手がけるテレビ番組「ハイパー ハードボイルド グルメリポート」から、コロナ禍の社会へ。
真鍋昌平 1971年生まれ。漫画家。1998年、「憂鬱(ゆううつ)滑り台」でデビュー。2004年にビッグコミックスピリッツで連載の始まった漫画「闇金ウシジマくん」は、金に人生を狂わされる人たちのリアルな描写が話題となり、ドラマや映画にもなった。第56回小学館漫画賞(一般向け部門)、第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門ソーシャル・インパクト賞受賞。「ハイパー ハードボイルド グルメリポート」のファンで、番組の副音声を担当したことも。この日の対談には番組の公式Tシャツを着て臨んだ。
上出遼平 1989年、東京生まれ。2011年にテレビ東京入社。ネットフリックスでも放送中の人気番組「ハイパー ハードボイルド グルメリポート」プロデューサー。海外での取材はヤバすぎて大勢のテレビクルーでは入れず、1人で行う。右手にハンディカム、左にゴープロ、首から一丸レフ、背中にドローンと計4台のカメラを駆使して撮影する。
真鍋 海外のロケ地へ行く時は、どんな心境なんですか。すごいリスクを抱えているはず。撮れ高の心配もしますか。
上出 半分半分です。どんな世界だろうという興味と、撮れなかったらどうしようという憂鬱(ゆううつ)と。僕の行くところは、テレビも映らずネットの情報もないような地域が多いので、足を使わないといけない。
真鍋 だから価値があるんですね。すごいと思う。
これまでに番組が訪ねたのは世界約15カ国
上出 リベリアでは、24時間ずっと身の危険を感じていました。到着した瞬間から心の休まる場所がない。ホテルにはセーフティーボックスがないし、あってもセーフティーじゃない。盗まれないよう、かばんをすべて施錠してベッドの鉄枠にワイヤでくくりつけていました。
内戦下で人を食べたことのある人を探しに行ったんですが、だれも自分からは言いません。彼らは人を殺したことは喜々として語りますが、人を食ったことについては口をつぐむ。それはリアルなタブー、人類のタブーの最高峰だから。
台湾へは、マフィアの組長さんのメシが見たくて行きました。ロシアでは、シベリアの北の外れの街へ行こうとしたんですが、直前に役人から「50万円渡せ」と言われて断念しました。ただ、オンエア日も決まっていたので、何も撮れなかったらアウト。
急きょ、ウラジオストクへ行き先を変更しました。そこでヤバい裏案内人に会えたんです。彼について行くと、麻薬のやり取りの現場に遭遇し、人生のほとんどを刑務所で過ごした防空壕(ぼうくうごう)暮らしの人にも会えました。でも、ある意味で一番の悪人が警察官だったというのは面白かったですね。
シベリアのカルト教団の村にも行きました。彼らは完全にベジタリアン。命を食うことを拒否した人たちでした。
ハイパー ハードボイルド グルメリポート 2017年、テレビ東京の深夜枠でゲリラ的に放送開始。「ヤバい奴(やつ)らは何食ってんだ」をテーマに、カルト教団の信者やギャング、密猟者、マフィア、不法難民、密売人などいろんな世界の飯を見せてきた。パラビ、ネットフリックスで配信中。書籍、グッズも販売。
大勢のテレビクルーでは入れないほどヤバい世界へ行くこの番組。「僕なら一人で生きて帰ってこられます」とたんかを切った上出さんの企画書から始まった
上出 取材で本当にヤバい時は、薄いタンクトップ型の防弾チョッキを着ます。ただ、着ない方がうまくいく。やっぱりお互い動物なんです。着ることで、こちらが防御していることを相手が感じ取ってしまうから。それに蒸れるんです。通気性が全くないので、汗でびしゃびしゃになります。
真鍋 コロナで海外へ行けないいま、日本で取材をしているんですか?
次の鉱脈は音声コンテンツ
上出 そうですね。海外ロケができないことと、型にはまっていく自分にムズムズしていた。番組の本を書いてみたらとても楽しくて、他の表現にも挑戦したくなりました。
いま、映像なしの音声ドキュメンタリーを作っています。映像ってとてもパワフルですが、それを捨てた時にどんなことができるのか。スリリングで面白い。
真鍋 映像に戻ってきた時、今まで分からなかったことに気づきますよね。
真鍋 取材相手に「会えてよかった」「また会いたい」と思ってもらえるかどうかは、とても大切。「ハイパー ハードボイルド グルメリポート」の本の最後にそう書いてありましたね。
上出 僕は、取材は暴力だと思っています。他人にほじくり返されたくないことなんてだれにでもあるのに、ほじくり返しに行くわけだから。それが許されるのは、取材相手に「また会おう」と思ってもらえるかどうか。そこに託しています。
話したい言葉がある。だから聞きに行く
テレビはいろんな人を傷つける。人生を変える可能性もある。真鍋さんの漫画も取材に基づいているので、同じような葛藤を抱えていると思うんです。僕も真鍋さんも、社会的に立場の弱い人を取材して、描くことで金を稼いでいる。その搾取の構造から、僕たちは逃げ切れない。
以前、真鍋さんに聞いたことがありました。「どうやって自分と折り合いつけていますか」と。そうしたら、こう答えてくれました。「(相手が)しゃべりたいことがあるから、聞きに行くんだ」と。
真鍋 そうです。どんな人だって自分のことを分かってほしい。すげーお金に困っている人も、小銭がほしいんじゃない。自分の話を聞いてくれる人がほしいんです。
真鍋 自分のスタッフにうつ病の人間がいるんですが、僕と彼とは共依存の関係。一緒に飲んだ時は、彼が僕を送ってくれる。僕が泥酔してパンツも履けない時は、彼に履かせてもらうんです。それが彼にはうれしいみたい。1人でもんもんとしていても、自分を必要としてくれる人間はどこかにいるはず。
上出 必要とされることって大切です。逆に、必要とされていない絶望感は恐ろしい。
真鍋 この先自分がどうなるか。不安になる要素はたくさんあります。自分も漫画家になる前は、人材派遣でバイトをしていました。
コロナ禍の不安との向き合い方
上出 売れていない時期?
真鍋 そう。21歳ぐらいまではデザイン会社にいました。辞めたあと、マンションの工事現場で便器を運んでいました。あれって持ちにくくて、よく筋肉痛になったな。
1日7千円くらいでしたが、ヘルメット代などいろいろ引かれて、結局5千円ほど。牛丼に卵をつけるかどうか、悩んでいました。不安もあったけど、なんとかなるんじゃないかと錯覚しながら。26歳でデビューするまでそんな感じです。その時の気持ちを漫画にして世に出したら、賞を頂けました。
だから悩みって伝えるべき。外へ出すことが大切なんです。悩んでいる人は多いから。自分の不安を伝えることで、他の人の問題が解決する方向へ向かうこともある。困っている人に、手をさしのべたいと思う人はいるはずですから。
真鍋 コロナ禍の今は、見えない…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル