絶滅危惧種をはじめ希少な生き物を見つけて繁殖させ、自然に戻す取り組みを、大阪府立枚方高校の生物飼育部が進めている。地域を巻き込んで、生き物の魅力や自然環境の大切さを伝えている。
「幻の魚」とも言われるカワバタモロコ。メダカに似た日本固有のコイ科の淡水魚だが、ため池や農業用水路の改修で産卵場所が減ったり、外来魚の影響を受けたりして生息地が減り、環境省のレッドリストで2番目に絶滅の危険性が高い「絶滅危惧ⅠB類」に分類される。5月上旬、生物飼育部はその希少種の人工孵化(ふか)に成功した。
部活中、顧問の三井裕明教諭(33)が水槽内を眺めていたところ、水草の葉の裏や茎に黄色い1ミリほどの卵を見つけた。孵化したての稚魚も確認し、カワバタモロコと特定した。「人工孵化は生物に適した環境や生態を知り、周囲に伝える第一歩」。そう胸を張る。
カワバタモロコは、愛知県豊田市や西尾市が市の天然記念物に指定するなど各地で保護活動が盛んだ。調査などを目的とする採集は可能で、2017年8月、大阪・北河内のため池で発見した生物飼育部も「環境保護の象徴」として繁殖に取り組み始めた。
昨夏には産卵させられなかったが、フナやコイの養殖業者から「冬に寒さを経験させる必要があるのでは」と助言され、冬に使うヒーターをあえて消し、水草も外国産から小さな国産に変えてみた。部長の杉林直人さん(18)は「高校生が成功させたことで、より興味を持ってもらえるのでは」と期待する。
17年3月には、環境省のレッドリストで「絶滅危惧Ⅱ類」とされるカスミサンショウウオのつがいも北河内の里山で見つけ、育て始めた。卵を産み付けやすいよう、複数の種類の水草を入れて4、5日すると、一対の円柱状の透明な袋に入った50個ほどの卵を見つけた。
大変だったのは孵化後のえさやりだ。校内で泥を掘り、アカムシを探した。口の小さい幼体でも食べられるよう、小さいものをかき集め、さらに細かく刻んで与えた。秋には10センチほどに成長し、6匹を里山にかえせた。昨春には同じ場所で卵を確認でき、部員は「生命の循環を確認できた」と手応えを感じ始めている。
先生の「生き物愛」、仲間増やす
生物飼育部が同好会として発足したのは16年。数年間で絶滅危惧種を相次いで繁殖させた背景には、顧問の三井教諭の存在がある。
枚方市に隣接する交野市出身。生物好きの父に連れられ、野山で魚や虫を捕まえる少年時代を過ごした。 「生物好きの仲間を増やしたい」。そう思い、理科の教諭を志した。授業で昆虫採集や観察をするうち、興味を持った生徒が同好会を結成。顧問を引き受けた。
学校近くで採った野草やザリガニを天ぷらにして食べ、タンポポの根を焙煎(ばいせん)してコーヒーを作った。夏の合宿ではシュノーケリングをし、釣った海の幸でバーベキューもした。「カラスノエンドウは天ぷらにするとおいしいし、カタバミはクエン酸が入っていて酸っぱい。たとえ雑草でも、知れば人生に彩りがでる」
三井教諭に刺激され、2年生の公文(くもん)陽太(ひなた)さん(16)は昨年9月、ダイビングのライセンスをとった。合宿で見た色とりどりの魚に魅せられた。「誰よりも生物のことを愛している先生。一緒にいると生物が好きになる」。生物に関わる職に就くのが夢だという。
部活動の一環で昨冬、市内であったテレビ東京系列の番組「池の水ぜんぶ抜く大作戦」の収録に参加し、訪れた住民らに生物の解説をした。地域の祭りにも加わり、地元の生物や自然環境の大切さを伝えている。
野生生物の生態に詳しい大阪府立大の谷田一三(かずみ)名誉教授は「人工繁殖は試行錯誤の連続で、愛好家だけが取り組んでも限界がある。地元に密着し、先輩から後輩へノウハウが受け継がれる高校が活動し、情報発信することに意味がある」と評価する。
三井教諭は「地域の人たちとつながって仲間を増やし、環境保護の輪が広がれば」と話す。今後の目標は、公園のビオトープでカワバタモロコを育てることだ。「様々な希少種が何代にもわたって生活できる環境を作りたい」(森下裕介)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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