「息子が…」焦る高齢女性 窓口の銀行員はピンときた

 東京都品川区にある東日本銀行戸越支店に女性が現れたのは3月29日、午前10時半ごろのことだった。

 順番待ちの番号札を取ることもなく、窓口にいた野口杏織(あおり)さん(30)の前に立った。

 肌寒い日だったが、上着を羽織っておらず、着の身着のまま。顔もこわばり、慌てた様子だった。

 「預金を300万円下ろしたい」。女性は言った。

 野口さんは使い道をたずねた。近頃は特殊詐欺の被害が深刻だ。年齢を問わず、100万円以上の預金を引き出そうとする人には必ず、確認する決まりになっていた。

 女性は「家の用」とだけ答え、詳しいことを話そうとしない。「家のリフォームですか」「使途を確認できる資料はお持ちでありませんか」。質問を続けた。

 すると、女性は迷いながら「実は……」と話し始めた。

 女性の説明はこうだった。

 この日の朝、別居する「息子」が自宅に電話をかけてきた。「会社の重要な書類を出し間違えた」「お金を立て替える必要がある」

 典型的な「オレオレ詐欺」の手口だ。

 野口さんはそう確信した。女性は「早くお金を下ろさなきゃいけない」などと繰り返す。

 さらに質問を続けた。「息子さんとは普段から電話をされていますか。本当に息子さんの声でしたか」

 女性は「年に数回だが、間違いなく息子の声だった」と断言した。

 野口さんは息子と連絡を取ろうと考えたが、女性は携帯電話を家に置いたままで、連絡先がわからなかった。

 何としても預金を引き出すわけにはいかない――。野口さんは、上司に相談した。上司はためらわず、警視庁荏原署に通報した。

 荏原署は女性の話から特殊詐欺を疑い、犯人グループの一員が自宅周辺を下見している可能性があると判断。

 捜査員を派遣し、現金を受け取ろうとしていた20代の男を詐欺未遂容疑で逮捕した。

     ◇

 特殊詐欺の被害を水際で防ぎ、容疑者の逮捕に貢献したとして、荏原署は15日、野口さんに感謝状を贈った。

 被害が後を絶たないことを意識するよう職場全体で徹底し、丁寧に話を聞き取ったことで詐欺を見破ることができた。

 銀行では、高額の預金を引き出そうとする人に積極的に声をかけているが、野口さんは「用途を聴くのは失礼だ」と何度も叱られた。

 それでも、必ず被害を防ぐことにつながると信じて、声かけを続けてきた。顧客の大切なお金を守りたいという一心だった。「お客さまの役に立てて良かった。うれしいです」と話した。

 感謝状を贈った荏原署の川西博正署長は言う。「気になったことがあればすぐ通報してほしい。いつでもすぐに駆けつけます」(鶴信吾)


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

Japonologie:
Leave a Comment