ビルマ戦記を追う<45>
兵隊や軍医、捕虜、外国人といった、さまざまな人が書き残したビルマでの戦記50冊を、福岡県久留米市在住の作家・古処誠二さんが独自の視点で紹介します。
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山砲兵で思い出したのが本書である。副題に「ビルマ戦線狼山砲第二大隊指揮班長の記録」とつけられている。昭和二十九年に自費出版され、平成七年の再刊で記憶違い等が分かる限りで改められたものだという。ちなみに「狼」は第四十九師団の兵団文字符である。
著者の福谷正典氏は山砲兵第四十九連隊に属していた。士官学校出の将校であり、本書にはその出征から復員までが綴(つづ)られている。ビルマに入ったのは昭和十九年八月下旬と思われる。インパール作戦が中止されて二カ月になろうかという頃のこと、戦況全般の厳しさについては今さら語るまでもあるまい。
本書で注目すべきはメイクテーラとマンダレー街道における対戦車戦闘だろう。
メイクテーラとマンダレー街道を乱暴にくくれば「平野」である。平野は戦車の天下であって、日本軍は両地の戦闘で多くの死傷者を出している。しかし山砲兵ゆえか、福谷氏はにわかには信じがたい戦果も記している。
メイクテーラ奪回を目指す戦いで砲兵隊が敵戦車十数両を倒し、うち一両を鹵獲(ろかく)したという。日本兵がときに「山のような」と形容するあのM4戦車である。鹵獲戦車は修理された上で検分され、その後の夜襲に使用されたともある。
マンダレー街道上の町ヤメセンでは「タ弾」により同戦車を倒したとも書かれている。タ弾とは「地獄の戦場 泣きむし士官物語」でも少し触れた成形炸薬を用いた砲弾のことで、その肝はモンロー効果という現象にある。同効果を利用した兵器で最も有名なのが、いわゆるバズーカである。
このタ弾が使用された記録自体は他書にも見られるが、本書にあるような具体的かつ明確な戦果はちょっと見当たらない。戦闘の翌日、倒したM4戦車を福谷氏は検分もしている。燃え切った戦車は赤がねのように変色し、その装甲にはモンロー効果による直径五ミリほどの穿孔(せんこう)があったという。
(こどころ・せいじ、作家)
※鹵獲…戦場などで敵の武器や弾薬、物資を奪い取ること。
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古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。
Source : 国内 – Yahoo!ニュース
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