新型コロナウイルス感染拡大の「第6波」への懸念がくすぶり続ける中、19日に公示される衆議院議員選挙。昨年末、コロナ禍で「夜の街」とひとくくりに非難された人たちのそれぞれの思いを聞きに、大阪を代表する繁華街・ミナミを訪ねて回った。あれからもうすぐ1年。ミナミで生きる人たちは政治に何を期待し、どんな思いで投開票日を迎えるのか。
クラブママ
ミナミの中心部にあるクラブ「藤本」。ママの藤本暢子(ようこ)さんは昨年末、ミナミが「感染拡大の震源地」とされたことに「まるでばい菌扱い」とうんざりしていた。
4度目の緊急事態宣言下の今年8月、要請を無視して店の深夜営業を再開した。休業しても、協力金では家賃や光熱費を賄いきれない。他に経営するラウンジを含め、100人近い従業員の生活を守るための決断だった。
「私らかて、懸命に生きていることをわかってほしい」。藤本さんは、ビニールシートやアクリル板で席ごとに仕切り、各テーブルには消毒液を備えた開店前の店内で嘆いた。
藤本さんは1年前から、早期に街全体をロックダウンして感染を封じ込めた方がいい、と主張していた。しかし、あたかも特定の業界の主張ばかりを取り入れ、飲食店を標的にしたまま繰り返されるような要請が、徐々に政治への期待を失わせた。
「誰に何を訴えたらええのか。選挙で何か変わるんでしょうか。あきらめモードですね」
タクシー運転手
昨年、師走のミナミを走りながら「ずっと下降線」とぼやいていたタクシー運転手の島田和彦さん。午後9時過ぎ、島田さんのタクシーが、ゆっくりと宗右衛門町通りを進む。午後9時までの時短要請は継続中だが、人通りは以前に比べ多い。運転席で島田さんが代弁する。
「みんな赤信号で止まるのは、いずれ青になるとわかっているからでしょ」
繰り返される休業、時短要請、酒類提供の自粛……。いつ青に変わるともわからないコロナ禍で、多くの店がもう限界とばかりに「信号無視」をするようになったという。
島田さん自身、この1年必死に生き抜いてきた。売り上げはコロナ前の半分に落ち込む中、4月には80歳を超える両親がコロナにかかった。感染を覚悟しながら、1カ月仕事を休んで看護した。幸い両親は回復し、島田さんも感染はしなかったが、自立支援金で何とか食いつないだという。
「緊縮財政と言いながら、お友達を優遇したり、五輪で中抜きしたり、一部だけにお金が渡っとる」と運転席からぼやきが漏れる。ふと窓の外を見ると、閉店した飲食店の内装がはがされ、むき出しになったコンクリートが見えた。
ドラァグクイーン
昨年、ミナミの「BAR L…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル