広島市中区に本社を置くANN系列の「広島ホームテレビ」はこの夏、広島平和記念資料館(同区)にある「芳名録」に着目した約10分間の特集を制作した。時代を代表する世界的な著名人らが平和への思いを記してきた芳名録を、過去のアーカイブ映像を織り交ぜながら紹介した。
資料館には各国の大統領や首相らが記帳する「国家元首級の芳名禄」(1冊)とそれ以外の著名人らが記す芳名禄(70冊)があり、これまでに計2209人のメッセージが記されている。
企画を担当したのは入社3年目の長崎奈美記者(24)。今年6月ごろから朝日新聞社と共同で取材を進める中で、テレビ局内に保存されている著名人らの広島訪問時の姿を記録したアーカイブ映像(約1千本)から、特に平和への思いがこもっていると判断した著名人らの映像を数十本選んだ。
教皇ヨハネ・パウロ2世やオバマ元米大統領、キューバのフィデル・カストロ氏、ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領、マザー・テレサ、グエン・ドク氏、映画監督オリバー・ストーン氏――。特集では、万年筆を握り芳名録に記帳する様子や資料館の資料を見入る姿、観衆を前にしたスピーチなどの映像を使って、芳名録の歴史をたどるストーリーに仕立てた。
局内の上司や同僚たちと議論を重ね、ナレーションによる説明をなるべく少なくする工夫を試みた。「プロデューサーからは映像が持つ力をフルに見せるようにと何度も言われました」と長崎さん。「著名人が芳名録に平和への思いを記す時、どんな表情を浮かべていたのか、その後どんな言葉を残したのか視聴者の記憶に残るよう努めました」
広島ホームテレビは1970年に開局。「被爆の実相」「被爆体験の継承」「海外から見たヒロシマ」「被爆者の高齢化」など原爆をテーマにした特集番組を、被爆地のテレビ局として半世紀以上にわたって制作してきた。
今年は「芳名録」の物語のほかに、「核政策を知りたい広島若者有権者の会」(通称「カクワカ広島」)の活動にスポットを当てた企画も展開した。長崎記者は「核兵器禁止条約が今年1月に発効されて初めて迎える夏。被爆地・広島と世界のつながりの歴史を芳名録でたどりつつ、特に若い世代が少しでも核の問題を考えるきっかけにしてくれるような企画を届けたかったんです」と振り返る。
「広島の人にとっては忘れてはならない日」
長崎記者が若い世代にこだわったのには理由があった。今年1月、被爆者の体験を聞いて新聞づくりに取り組んでいる高校生らを取材した。関連取材で街を歩いている10~20代の若者たちにも、原爆についての基本的な事柄を聞いてみた。すると、取材に応じた半数以上が原爆投下時刻「午前8時15分」や原爆投下の年「1945年」を答えられず、中には原爆投下の日「8月6日」を知らない人もいた。
「正直、驚いた。私は広島出身で祖父は被爆者。8月6日の日は必ず原爆で犠牲になった親戚の墓参りにも行くし、広島の人にとっては忘れてはならない日なのに」。原爆に関心を持つ若者とそうでない若者の温度差を感じた。「今回の企画では少しでもその溝を埋めたかったんです」
芳名録の取材では、オリバー・ストーン監督にオンラインで直接取材する機会も得た。番組の終盤に、監督のこんな言葉を入れた。「時間は記憶をある程度消してしまいます。ある意味で文明とは記憶と忘却の戦いなのです」
街頭取材で感じたことと重なったからだ。「監督の言葉はまさに、被爆者がいらっしゃらなくなる時代が迫る中で若い世代に原爆の記憶をどう伝えていくのか突きつけてきました」という。「被爆地のテレビ局として、原爆の体験や記憶を伝え続ける使命がある。どう伝えていくのか答えは見つかっていないけれど、模索し続けたいです」
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広島ホームテレビの「『芳名録』で見るヒロシマ 記されたメッセージ」は(https://www.youtube.com/watch?v=oqPOfXVqKw4
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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