聞き手・高橋豪
若年層の政治離れや気候変動問題を何とかしようと若者が行動を起こすと、同世代から「意識高い系」との言葉が向けられることがあります。社会問題を解決しようと動く若者が、そうした言葉でくくられるのはなぜか。社会を変えようとする若者を憂鬱(ゆううつ)にさせる言裏の裏には、どんな事情や背景があるのか。「親ガチャ」論争の火付け役で、若者分析に詳しい土井隆義・筑波大教授にききました。
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今の30代以下は「努力したって社会は変わらない」と思う人が多い世代です。日本の1人当たりの国内総生産(GDP)が、右肩上がりから平らに変わるのが1990年代。それ以降に思春期を迎えた世代は、社会に追い風が吹いていた経済の成長期に比べ、努力しても結果が返ってくる実感が少ないのです。
野心的でなく、良く言えば洗練されている傾向がある。年金問題や少子化、気候変動など取り巻く社会課題は多いのに、変えられないから自分がそれに対応しようと防衛的になる。年金制度を変えるのではなく、貯金をしておこうと考えるわけです。
経済成長のない社会で、若い人は将来が今より素晴らしくなるとは思いづらく、変わるとすればむしろ悪くなるのではと感じてしまいがちです。かつては希望だった変化を今はリスクとして嫌う傾向が強いのです。だから変わらないことを望む。革新志向だった僕らの時代と違い、選挙では政権が変わることより現状維持を選ぶことに安心感を覚えるのです。
加えて、教育現場では政治的な議論を遠ざけ、政治や社会課題について話し合う機会が少ないので、自分たちの将来にかかわる不安や課題は共有できずに個人化されていきがちなのです。お互いに語り合えないと不安ばかりが募りますよね。
このような若者の中で「意識高い系」と言われる人について考えてみましょう。私は大きく2種類いるように思います。社会を「変えよう系」と、この社会でいかに生き延びるかを考える「生き抜こう系」です。今の若い人に人気があるのは、起業を考えたり、承認を得る手段として学歴や資格を追い求めたりする後者の方でしょうね。
少数派の「変えよう系」は大…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル