SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上で誹謗(ひぼう)中傷を受けた女子プロレス選手、木村花さん(22)の急死が波紋を広げている。著名人にとってSNSは活動をアピールする重要なツールである一方、デマや中傷を招く諸刃の刃となりえる。インターネット上で他人を匿名でおとしめる行為は長年問題視されてきたが、アプリの進歩などで大量の情報をより早く伝えられるようになった近年、深刻さは増している。同様の被害に遭った芸能人は「匿名の悪意」に強い懸念を示す。(村嶋和樹、松崎翼、吉沢智美)
■デマで「殺人犯」に
「言葉の凶器でめった刺しにされる。言葉が心の中で増幅して全身を真っ黒に染める。僕の比じゃない」
平成11年ごろから《殺人事件に関与した》というデマをネット掲示板に書き込まれ続けた経験を持つお笑い芸人、スマイリーキクチさん(48)は、木村さんが陥ったであろう状況を、こう表現した。
デマの“根拠”とされたのは、事件が起きたのが自身の出身地で、犯人らがキクチさんと同世代だという点だった。《事件を(お笑いの)ライブでネタにした》と別のデマも投稿され、所属事務所の公式サイトで否定しても《やってないことを証明しろ》と、書き込みは過熱していった。
「どんな行動をしても、全部『クロ』に結びつけられた」。殺害予告や仕事先への嫌がらせに悩み、掲示板側へ書き込みの削除を要請したが「事実無根を証明しないと削除できない」。警視庁にも相談したが「誰も書き込みを信じませんよ」と、相手にされなかった。
しばらくネットから身を遠ざけたが、「本当の情報を公開すれば、デマだとわかってもらえる」と、20年にブログを開設した。だが、ブログには悪質な書き込みが殺到。脅迫の対象は家族にまで及ぶなど、状況はさらに悪化した。
改めて警視庁に相談を重ね、悪質な書き込みをしていた男女7人が名誉毀損(きそん)や脅迫の疑いで書類送検された。ネット上の書き込みによる事実無根の誹謗中傷で一斉摘発された初のケースとなったが、お互いに面識がなかった容疑者は「自分はデマ情報にだまされた被害者」と一様に訴えるなど、罪の意識は希薄だった。
現在は、中傷は影を潜めたものの、ときおり掲示板に殺害予告が書き込まれる状況は続いている。「最初は『ばかばかしい』と人ごとだったが、それが20年も続くとは…」。キクチさんはこう話し、木村さんの心情について「すごく優しくて、周りに心配をかけたくないと思ってしまったのかも。ただただ悲しい。どれだけ苦しかったか」と、おもんぱかった。
木村さんを中傷した人物については「(SNSに書き込んだコメントで人を殺す)指(ゆび)殺人の犯人」と指弾。「今はSNSなどで情報に触れる人も多く、デマの拡散力が違う」と新たな被害を懸念し、「ネットと私生活は地続きで全て現実」と、安易な投稿にクギを刺した。
■日常のぞかれる恐怖
人気アイドルグループ「AKB48」元メンバーでタレントの川崎希さん(32)は、約4年前から自身のインスタグラムやツイッターに誹謗中傷のメッセージが届くようになった。
初めは《バカ》といった悪口程度だったが、妊娠中に《流産しろ》と書き込まれるなど、内容は徐々に悪質に。「人が弱っていくのを楽しんでいる」と、恐怖を感じたという。
日常生活にも支障をきたした。訪れたレストランの写真をSNSにアップすると《隣で食べていてすごく態度が悪かった。最低》などと事実無根の投稿がされ、レストランにも苦情が入るようになった。
警察への相談を決意したのは、引っ越し先の住所をネット上でさらされたときだった。《皆で、ここに着払いで荷物を送ろう》。加速する悪意に身震いした。
弁護士に相談し、投稿者の特定に乗り出したが、道のりは遠かった。掲示板の運営サイトに開示請求をして投稿者のIPアドレスを特定。さらに通信事業者に個人情報の開示を求める民事裁判などを重ねた。投稿者の名前や住所の特定には約半年間を要した。近隣の住民や、知り合いの投稿はなく「すごくホッとした」と胸をなでおろした。
今年3月、投稿者の主婦らが書類送検されたことをブログで報告すると、連日100件近く届いた誹謗中傷の嵐は止んだ。警察を通じて、主婦らが反省の態度を示したことを聞き、刑事告訴は取り下げた。
「SNSは告知やファンとの交流のためのツール。誹謗中傷があるからといって使わなければ、まったく仕事ができなくなる」と川崎さん。被害の泣き寝入りを防ぐためにも「投稿をした本人を、もっと簡単に探し出せるようにしてほしい」と訴える。
■動き出す被害者
SNSなどへの投稿が名誉毀損に当たるとしてネット事業者に投稿者の情報開示を請求する件数は年々増加している。専門家は、開示請求を容易にする必要性を指摘。誹謗中傷を問題視する声が上がる中、自らの投稿に不安を感じた利用者らが弁護士に相談するケースも相次ぐ。
SNSなどの投稿の相談に応じる「誹謗中傷ドットネット」を運営する藤吉修崇弁護士によると、木村花さん死去が報じられた先月23日以降、投稿者の問い合わせは1日約10件に上る。
芸能人への誹謗中傷では「軽い気持ちで書いてしまった」という相談が大半で、「自分の価値観を相手に押し付けるタイプの投稿が多く、新型コロナウイルスで話題になった『自粛警察』と似通っている」という。
藤吉氏は「他人から『いいね』と賛同を得ることに快感を覚え、投稿内容もエスカレートする傾向がある。自分の本名を出して書いていい言葉なのか、一度立ち止まって考える必要がある」と警鐘を鳴らす。
インターネット接続サービスを提供するNTTコミュニケーションズのまとめでは、投稿者を特定するための情報開示請求の件数は過去2年間で倍増。特に名誉毀損を理由とした請求が増加しているという。
木村さんをめぐる問題も受け、総務省は開示請求の簡略化に向けた制度改正案のとりまとめを目指している。
明治大法学部の丸橋透教授(情報法)は「SNS上の誹謗中傷の投稿は通常、投稿者の特定に複数の裁判手続きが必要になる。任意での情報開示件数を増やし、SNS事業者にもより多くの情報を開示させるべきだ」としている。
Source : 国内 – Yahoo!ニュース
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