「足が壊れた」とうめく妻、迫る闇と雨 夫は救助を求めて山を駆けた

 ねずみ色の曇り空は今にも雨が降りそうで、遠くからは雷鳴が聞こえた。

 岩道をよじ登ること3時間半。尾瀬にそびえる燧ケ岳(ひうちがたけ)(福島県檜枝岐(ひのえまた)村、標高2356メートル)の頂に何とかたどり着いた。日本百名山に数えられる東北の最高峰だ。

 2020年8月4日。時間は午後1時ごろ。

 大阪府和泉市の会社員・守山忠志さん(60)と晴江さん(57)の夫婦は、手早く記念写真を収めた。下山口で乗る最終バスの時間も気になる。

 登山客はほとんどいない。バナナとゼリーを食べて、すぐに下山を始めた。燧ケ岳には最高地点のピークともう一つの標高2346メートルのピークがある。夫婦が着いたのは低い方。もし、最高地点まで往復すると、さらに1時間ほどかかる。

 本来は両方の頂に立ちたかったが、体力を消耗していたこともあり、下山を選択した。晴江さんはすでに足がふらついていた。

今年の夏は、行動制限がなかったこともあり、全国で山岳遭難が相次ぎました。秋山シーズンは日没が早くなり、寒暖差もあって注意が必要な季節です。遭難はどのように発生し、救助の現場では何が起こっているのでしょうか。2年前の夏に尾瀬で遭難した夫婦が当時を振り返りました。

歩行距離が長い燧ケ岳

 複数ある下山路のうち、夫婦が選んだのはなだらかな「長英(ちょうえい)新道」。山小屋などが集まる尾瀬沼のほとりを経由し、バス停まで4、5時間かかるルートだ。

 独立峰の燧ケ岳へは4本のルートがある。いずれも歩行距離が長く、ふもとから3~4時間を歩いて山頂に立ち、最大で1千メートル近い標高差を1日で上り下りする体力が求められる。

 鎖場などはなく、山の難易度としては中級レベルとされている。ただ、尾瀬と各地の山を歩き続ける尾瀬保護解説ガイドの杉原勇逸さん(71)によると、燧ケ岳の登山の難易度は、人によっては上級レベルに感じる山だという。

 ルート次第では、行動時間が長く、斜度もきつい。山頂付近は岩場が多い。登山者の体力や技術によって感じ方が変わる。杉原さんは「上級者であっても、少しの油断でけがをしてしまう恐れがある」と注意を呼びかける。

 下山する夫婦は長英新道を8合目、そして5合目と順調に高度を下げていった。

 しかし、この道はぬかるみが続くことが特徴だった。そして、その時は突然訪れた。

体の中で音が鳴るような感覚

 晴江さんが、ぬかるみを避けてすり鉢状の道の右端を歩いていたとき、右足がツルッと滑り、倒れ込んだ。

 その瞬間、晴江さんは右足の内側の組織がパキッパキッと体の中で音が鳴るような感覚を抱き、「壊れた」と思った。

 これまでも転倒で尻餅をついたことはあるが、今回は明らかに事態が違った。

 見ると、足が外側に変に曲がっている。痛い。靴ひもの上部だけ外したが、足の腫れがひどい。

 自力歩行は無理だ。

 先を行く忠志さんに向かって叫んだ。

 「助けて!」

遭難した夫婦に、日没と大雨が迫ります。記事の後半では、このピンチに夫婦がどう行動し、どのように救助に至ったのかをたどります。

携帯電話の画面に「圏外」の表示

 夫婦は携帯電話で救助を呼ぼ…

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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