ツイッターで震災後の福島を発信したことで知られる福島市在住の詩人、和合亮一さんが5日、福島県双葉町のために書いた詩「双葉の丘へ」を同町の合併70周年記念式典で朗読し、初披露した。詩の全文は次の通り。
風はどこに
私たちを
みちびく
風はどこに
風はどこに
私たちが
もとめる
風はどこに
風はどこに
私たちの
ほんとうの
しあわせの
涙を知る
風はどこに
風はどこに
私たちの
森を育てる
風はどこに
風はどこに
私たちの
町をつなぐ
風はどこに
風はどこに
私たちの
海を統べる
風はどこに
風はどこに
*
私たちは
風吹く丘で
生まれ
育った
双葉の丘に
あの日を過ぎて
十一年 そして
十二年へ
私たちの丘は
風に吹かれたまま
いまも
私たちは
心のどこかに
幼いときの
あの
なつかしい
ハーモニカを
置き忘れていて
祈る
光を 風を
メロディを
*
あの日
地上は 波は
牙を剥いた
鬼になった
恐ろしい顔で
人と暮らしを
命を追いかけ
さらっていった
災いの
嵐は
止まず
強く吹きつけ
恐怖のなか
人々の涙を
叫びを
かき消し
多くの人々は
無念にも
無情にも
運命に
のまれ
追われ
「この震災は
私たちに何を教えたいのか
教えたいものなぞないのなら
なおさら何を信じれば良いのか」
*
巨人が
海の向こうから現れ
大いなる腕と手
海沿いの家々を
町並みを 暮らしを
奪い去った
さらわれた命
さらわれた心
さらわれた言葉
大いなる太もも 足
その裏側で
あらゆる日常と静けさを
踏み潰した
さらわれた命
さらわれた心
さらわれた言葉
大男は 丘に座り
たくさんの人々に
告げた
町は俺のものだ
誰も
入るな
来るな
ここは
俺の町
入るな
来るな と
*
過ぎていった日々
拳を握りしめた日
涙をぬぐった朝
押し黙るしかなかった夜
震える夜更け
見送る夜明けの雲
口ずさむ真昼間
願う 夕暮れ
したためる手紙
手を振った友の影に
見あげる
天と光の輪
鳥の群れ
あれは
ふるさとを
想う人々の姿
そして
風になったまま
戻らない
人々の姿だ
*
私たちはあの海辺の丘が好きだった
海のきらめきが
吹き渡る風の音が
色とりどりの漁船の旗が
港の朝焼けが
私たちはあの丘が好きだった
浜辺の岩で遊ぶ子供たちの声が
日焼けをしている男たちの背中が
灯台を目を細めて眺める人々の影が
一列に飛ぶ カモメたちの群れが
ふるさとに思いをめぐらすとき
風の音が聞こえる
潮鳴りが続いている
ことばに思いをめぐらすとき
懐かしい家が浮かぶ
母の声が響く
なかまに思いをめぐらすとき
きみの顔が見える
手のぬくもりが分かる
未来に思いをめぐらすとき
私たちはあの丘に
もう一度立ちたい
私たちはあの丘が好きだった
いつかきっと
あの丘へ行こう
いつか きっと
*
風はどこに
私たちを
みちびく
風はどこに
風
たより
風
うわさ
風
なびく
風
おしえ
風
ならわし
風
すがた
風
けしき
風
きこえ
風
真実
風
旗
やがて
風は
風の中で
風向きを変える
風とは未来
風とは生きることそのもの
風が吹くのを待つのではない
新しい風を吹かせるのだ
いつまでも
吹く
無数の
風の中に
戻ることのできる
場所がある
人々は
祈った
手をつなぎ
心の丘に立ち
告げるのだ
どうか
巨人よ
無限の
風に誘われ
海の向こうへ
帰れ
もう
決して
戻るな と
*
風の音
波の声
雲の影
船の漁り火
一つ
二つ
心に
広がる
光の
ささやき
遠く
かなた
海の輝き
頬のしずくに
静かな歌を
数えて
暮らした
涙の日々に
あしあと
あしおと
つづく
まにまに
魂よ
どうか
安らかに
風の音
波の声
雲の影
船の漁り火
一つ
二つ
*
きみは
覚えているだろうか
きみが初めて
両足で大地に立った日のこと
そのとき
銀河が 季節が 言葉が
動き始めようとしたこと
きみが初めて
駆け出した日のことを
きみが初めて
ランドセルを背負った日のことを
きみが初めて
海を眺めた日のことを
そして
この町を初めて
離れた日のことを
*
ゆめゆめ
忘れるな
風になった人々を
そして
きみが
町を
最後に
振り返った日のことを
きみは
必ず
戻ってくる
この町へ
風を吹かせるために
きみは願う
潮のかおりに
育ててくれた風と土に
青々と深まる空に
人々の笑い声に
これから
生まれくる
新しい
双葉の
子どもに
未来の仲間に
抱きとった
父と母の
明日に
*
双葉南小学校
靴が
靴箱で
ランドセルが
教室の机の上で
窓は
空を映して
宇宙は
広がって
雲は
黙って
鉄棒は
グランドで待っていて
時計は
午後二時四六分を指したまま
校庭の
夕焼け
*
夕陽を浴びた
ハーモニカが窓辺にある
時が過ぎた机のうえに
誰かに吹いて欲しくて
それは 果てなく求めている
息とメロディと風景を
親しく吹かれつづけた
きみの幼いままの歳月を
町と季節の記憶を
通りのにぎわいを
昼間の船の影を 真夜中の灯りを
沖を行く 水鳥の翼を
夕暮れの 誰もいない教室で
燃えあがるように その一つへ
真っ赤になって宿っているもの
それは あの日から
きみが探している情熱だ
無数の風の通り道だ
きみはきみだ
きみの心を信じよ
さあ
幼い季節の
ハーモニカを
手にとるがいい
もう一度
息を吹き込むがいい
命と魂の調べを
何万 何億の
新しい風を
吹き込むがいい
*
風はどこか
私たちを
みちびく
風はどこか
風はどこか
私たちが
もとめる
風はどこか
風はどこか
私たちの
ほんとうの
しあわせの
涙を知る
風はどこか
風はどこか
風よ
どこへ
*
風よ
吹け
双葉へ
明日へ
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル