「食べられないケーキ」誇りに 元パティシエと味覚障害

 「食べられないなら意味がない」「人生の無駄」

 そんな言葉を何度か浴びせられたことがある。

 本物のスイーツと見分けがつかないほど精巧な粘土作品を手がけるLiccaさん。

 「アリア 食べられない洋菓子店」という屋号で活動している。

 ケーキにクレープ、ビスケット、オランジェットから大学芋まで。

 形状だけでなく、色や質感まで再現された作品は、高い評価を得ている。

 それもそのはず。10年ほど前までパティシエだったのだから。

 「大好きなスイーツを通して人の笑顔に携わりたい」

 そんな幼いころからのあこがれをかなえて、ケーキ屋で働いていた。

 調理学校などには通わず、アルバイトとして働きながら技術を身につけた。

 働き始めて3年ほど経ったころ、味覚障害と診断された。

 歩み始めたパティシエの道に、突然、行き止まりの標識が現れた。

 何を食べてもほとんど味がせず、おいしさを感じられなくなった。

 唯一、果物の酸味だけが強く感じられたが、その刺激が不快だった。

 このまま治らなかったらどうしよう、とひたすら不安だった。

 数カ月かけて徐々に味覚は戻ってきたものの、果物の酸味が苦手になった。

大好きな仕事をやめて

 果物をおいしく食べられないのでは、パティシエを続けることはできない。

 大好きだった仕事をやめることにした。

 そんな時に出会ったのが「スイーツデコ」だった。

 粘土でお菓子を作ったり、コーキング用のシリコーンをホイップクリームに見立ててデコレーションしたり。

 これなら味なんて関係なく、お菓子を作ることができる。そう思ってすぐに始めた。

 使うのは、軽量粘土や樹脂粘土といった自然乾燥タイプのもの。

 フリーハンドで成形し、絵の具や模型用塗料で着色する。

 粘土によって特徴が異なるため、10種類以上を使い分けたり、ブレンドしたり。

 やってみると、パティシエの仕事とまったく違うようで、突き詰めれば同じだと思えた。

 素材を研究して組み合わせ、デザインを考えて技術を磨く。

 見た人や受け取った人が笑顔になってくれる。そこは変わらないのだから。

 制作にかける時間は、小さくて工程の少ないものであれば乾燥期間を含めて7日ほど。

 実物大で複雑なものであれば、2カ月以上かかることもある。

 本物のスイーツは、おいしく食べることができる期間が決まっている。

 対して、自分が作るものは、みずみずしさや色、質感といった「おいしそうな瞬間」を作品に閉じ込めることができる。

 そう思えるようになったから、パティシエに戻りたいとは思わなくなった。

耳を傾けなくてよかった

 2018年6月から、ネットショップ上での受注生産を始めた。

 受け付け開始から間もなく予定数に達して、売り切れることがしばしばの人気店だ。

 作り続けるうちに、自分の中で変わってきたことがある。

 以前は「自分が作りたいものだけを、作りたいように作る」だった。

 最近は、買ってくれる人やフォロワーに飽きずに楽しんでもらえるように、と意識するようになった。

 周りの声に耳を傾けていると、「食べられないなら意味がない」といった批判が聞こえることがある。

 大人が粘土遊びに時間を割くことに対して「人生の無駄」と言われたこともある。

 そんな言葉に耳を傾けなくて、本当によかったと思っている。

 10年近く続けてきたことで、粘土細工の魅力や楽しさをたくさんの人に知ってもらうことができたのだから。

 どんなにくだらなさそうなことでも、継続して突き詰めれば力になる。

 これからも作り続けて、発信し続けて、そのことを体現していきたい。(若松真平)

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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