一つの「もしも」が、名古屋の運命を劇的に変えていたかもしれない――。平成のはじめ、そんな壮大な「空想」を元にした1冊の小説が脚光を浴びました。どこか内向きに感じていた名古屋の未来に、地元出身の作家は何を思い描いたのか。そしていま、名古屋の実際の姿とは? 空想と現実を行き来しながら、記者が読みときました。
豊臣秀吉が正妻との間に男子をもうけていたら?――
そんな歴史の「if(もしも)」を起点に展開する空想小説『金鯱(きんこ)の夢』が刊行されたのは、バブルの絶頂期1989年のことだった。「金鯱」は名古屋のシンボル、名古屋城の天守に鎮座する金のしゃちほこ。「if」の結論は、豊臣幕府による名古屋時代が260年続く、だ。
作者の清水義範さん(73)はユーモア小説を得意とする名古屋出身、東京在住の作家。名古屋文化をテーマにした代表作『蕎麦(そば)ときしめん』(86年刊)は、名古屋への転勤者の必読書とされる。東京からの転勤者が書いたとされる論文を紹介するという体裁で、「外」から見た名古屋の特殊性を論じた。謎の外国人著者による日本人論として評判になった『日本人とユダヤ人』(70年刊)のパロディーでもある。
だが、身をもって名古屋を知る作者の筆致は辛辣(しんらつ)すぎたのか。「本意ではありませんでしたが悪口を書いたことになってしまったので、それなら名古屋を都(みやこ)にしてみせましょう、と」。『金鯱の夢』はこうして、天下統一の英雄は生んでも王城の地になったことがない名古屋の「汚名返上」であり、『蕎麦ときしめん』で故郷の悪口を広めたとぬれぎぬを着せられた作者の汚名返上のために書かれた。
江戸の歴史はすべて名古屋に置き換えられ、野卑な江戸言葉に代わって洗練された名古屋弁が標準語になる。明智光秀が織田信長を討ったとんでもない理由が明かされ、江戸豊臣家の黄門様が諸国を漫遊し、謎の絵師、写楽の驚くべき出自が語られる……。
ところが刊行直後、「金鯱の…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル