裸足の足元に広がるのは、真っ白な紙。スポットライトで照らされた体が熱い。1メートルを超える筆を振り下ろし、一気に「新」の字を書き上げた。いつの間にか笑顔がこぼれていた。
昨年8月、愛媛県で開催された「書道パフォーマンス甲子園」。2年生だった水戸葵陵高書道部の笹沼夏鈴(かりん)さん(17)は、作品の中心となる字を書き上げる役割を任された。
大会では、音楽に合わせて縦4メートル、横6メートルの紙に筆で文字や詞を書き、書の技術や動きなどを含めて一つの作品として競う。全国で予選を勝ち抜いた20校で本戦を戦い、結果は12位。悔しさと一緒にこみ上げたのが「来年も、ここに立ちたい」という思いだった。
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9歳で書道を始めた笹沼さんは小学6年の時、五つ上の姉が通う同校の文化祭で書道部のパフォーマンスを偶然見て、迫力に圧倒された。ヒップホップダンスを2年習っていた経験もあり、「好きなことが両方できるんだ」と心が躍った。
笹沼さんが入学した2018年の夏、同部は2度目の「甲子園」で本戦まで進んだ。その後、頻繁にイベントに招待されるようになるにつれ練習時間も増え、厳しさから6人いた同級生は次々に退部。冬には、1年生は植田涼(りょう)さん(17)と2人だけになった。
自分がやめることは考えもしなかった。ただ、「このままだと独りになる」と不安が襲った。冗談めかして「涼がやめたら私もやめるから」と言ってみた。脅しのようなものだったかも。でもすぐに、「やめるつもりなんてない」と答えがあった。うれしかった。
同部がめざすのは「アクロバティックな身体表現」。演劇のようなせりふ、ミュージカル風の演出がある他校とは違い、躍動感のあるダンスと書を融合させ、美しさを表現する。昨夏の大会後、後輩と3年連続の甲子園本戦をめざして練習を繰り返すうち、あっという間に冬を迎えた。
書き上げる文字やダンスの微調整をしていた1月半ば。ニュースで中国での新型コロナウイルスの感染拡大を知った。
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4月下旬、大会中止が決まった。「もうあの舞台に立てない」。そのためにこの高校に入ったのに……。投げやりな気持ちになり、母に「学校、もうやめてもいいや」とつぶやいた。
約1カ月後、大会のホームページに「来年の甲子園には19歳も出場可能」とあるのを知った。特例として、3年生は卒業後でも大会に参加できるという。
真っ白な紙とスポットライトの記憶がよみがえる。出られるなら出て区切りをつけたい。でも、涼は県外の大学をめざすと言っていた……。様々な思いが浮かび、夜、植田さんにLINE(ライン)を送った。
〈どーおもう?これ〉
既読がつかないうちに、一気に打ち込んだ。
〈一個下も最後の大会だし、涼は県外出ようとしてるから練習来れなさそう〉〈ここまでして引きずりたくない。これは高校生の思い出として高校生で終わらせたい〉〈コロナで出られなかったっていうのもひとつの思い出じゃん?〉
書き始める前は心は定まっていなかったが、送り終えた後、自分の思いを全て出せた気がした。
翌日昼すぎ、返信が届いた。〈出たいっていう気持ちもあるけど、来年は1個下が主役。うちらが参加したとしても練習できるかも分からないし、迷惑かけそう。現実的に考えて難しいと思うんだよね〉
自分と同じだったことに安心し、こう送った。
〈もー引退でいいよね?〉
〈いいかな~〉
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6月8日に学校が再開し、大会の新たな代替企画が出たことを知った。参加校が同じ曲を使ったパフォーマンス動画を撮り、一つの動画にまとめる。舞台に立つ喜びとは違うが、「引退の場」ができたことが素直にうれしかった。
みんなで全力を出し切りたい。そして、「楽しい」で終わらせよう。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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