広島への原爆投下後に降った「黒い雨」をめぐり、雨に遭った人を被爆者と認めるか審査する厚生労働省の指針案について、広島市と広島県が24日、受け入れを表明した。司法判断が否定した「がんなど11類型の病気にかかっていること」が要件に残されたが、早期決着を優先した。
同省は来年4月の運用開始をめざす。だが、黒い雨に遭った人たちからは「新たな線引きだ」と早くも反発の声が出ている。
指針案は長崎への原爆投下時に郊外にいた「被爆体験者」は対象外とした。同省は長崎市、長崎県との協議を年明けも続けるという。
黒い雨について、今年7月の広島高裁判決は「雨に遭った」だけを認定要件とし、病気になっているかを問わず、原告84人全員を被爆者と認めた。当時の菅義偉首相は上告を断念し、原告と「同じような事情」にある人は救済する方針を表明した。これを受け、厚労省と広島、長崎の自治体が協議を重ねてきた。
厚労省が23日に示した案では、「同じような事情」の人の認定について、「雨に遭った」に加え、がんや白内障など「11類型の病気にかかっていること」を求めることにした。白内障のみは過去の手術歴でも認めるとした。
松井一実・広島市長は「(案に)賛成できないが、一刻も早く救うという手続きの重みも考慮した」。湯崎英彦・広島県知事は「まず救済できる方を優先した」と述べた。(福冨旅史、比嘉展玖)
「また仲間はずれか」怒りの声渦巻く
原爆投下後の広島で降った「黒い雨」に遭った人を被爆者と認定する審査指針案に地元自治体が同意した。「特定の病気にかかっていること」という、今年7月の広島高裁判決が否定した要件が設けられることになったほか、長崎の「被爆体験者」も対象外とされた。被害者らからは失望や怒りの声が相次いだ。
松井一実・広島市長と湯崎英彦知事は24日夕、それぞれ記者会見を開き、国の案を受け入れる意向を表明した。松井氏は「(国の案に)賛成できない」としつつ、国が白内障の人は過去の手術歴でも認めるとしたことで「限りなく多くの方が救われる設定になっている」とし、病気の要件が残ったままでも、大多数の被害者は認定されるとの見方を示した。
湯崎氏も「まず救済できる方を優先した」と述べ、対象外になる人については「引き続き救済対象となるよう(国に)働きかけていく」として理解を求めた。
広島からは批判の声が上がった。「黒い雨」訴訟の原告らでつくる団体は24日、黒い雨が降った地域にいた人は「黒い雨に遭った者」とし、病気を要件とせずに被爆者と認めるよう、厚生労働省や市、県に文書で要請した。原告団長の高野正明さん(83)は「判決から5カ月も過ぎて、今さら病気の発症を要件とするのは認めるわけにいかない。厚労省への信頼を失った」。訴訟弁護団の竹森雅泰事務局長は「黒い雨の被害者を分断する恐れもある。県と市には粘り強く国と交渉してほしい」と憤った。
「また自分は仲間外れにされた」。今中康昭さん(77)=広島市安佐南区=は失望感をあらわにした。1歳半の頃、爆心地から約9キロ離れた旧安村(現・安佐南区)で黒い雨を浴びたが、新要件の病気にはかかっていない。高裁判決で「やっと自分も認めてもらえる」と期待したが、「がっかりだ。被爆者と認められず、つらい思いをする人のことを国は考えていない」と語った。
広島の主要な被爆者7団体も24日に会見し、病気要件を外すよう強く求めた。広島県原爆被害者団体協議会の箕牧(みまき)智之(としゆき)理事長(79)は「被爆者としては絶対に反対だ。(県や市は)安易に答えを出さず、被爆者を入れて議論をさせてほしい」と述べた。新指針について「必ず外れる人がいる。同じ黒い雨に遭ったのに気の毒でしょうがない。認めるか認めないかで壁ができ、また新たな裁判が起きるだろう」と懸念した。
もう一つの広島県被団協の佐久間邦彦理事長は「早急に結論を急ぐのではなく、黒い雨に遭った人全員が救済される方針を決めてほしい」と話した。
長崎「被爆体験者」は対象外に
長崎への原爆投下後、郊外に拡散した放射性物質の影響を受けたとされる「被爆体験者」も、厚労省は新指針の対象にしないと明言した。
長崎市調査課の林尚之課長は「長崎として今の指針案では受け入れ難い思いは変わらない。引き続き協議を求めるが、27日の国への回答に向けて詳細検討中だ」と話した。さらに「広島が受け入れれば新たな指針案の運用が始まるのか、長崎の合意も必要なのか。どういうルールか国から知らされていない」と語った。
長崎県の担当課は「27日の回答に向けて現在協議中」とだけ話した。(福冨旅史、三宅梨紗子)
■司法判断軽視、地元自治体も…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル