東京都渋谷区が4月からはじめた、「LINE」で住民票の写しの交付請求ができるサービスについて、大臣が苦言するなど、法律の解釈をめぐり国と自治体が対立している。
このサービスの利用者は「渋谷区LINE公式アカウント」とやりとりする形式で申請の入力を進め、本人の顔写真と顔写真入りの身分証明書をその場で撮影・送信し、本人確認する。住民票は後日郵送される。
一方、高市早苗総務大臣は4月3日、「セキュリティ、法律の観点から問題がある」として、区に改善を促すことを明らかにした。このサービスでは、オンライン請求では原則として必要となる電子署名を用いていないからだ。
高市大臣は「電子署名を用いない方法は、画像の改ざんやなりすましの防止といったセキュリティの観点、法律の観点から問題がある」と述べ、総務省は助言をまとめた通知(4月3日付)を発出した。
●LINEで住民票請求できるサービスを初めて行ったのは「市川市」
実は、LINEで住民票請求ができるサービスは渋谷区が初めてではない。千葉県市川市が2019年3月19日、実証実験として全国初のサービスをはじめている。
市川市の担当者によると、サービスは今も実証実験中だ。市民であれば誰でも利用可能で、住民票請求の件数全体に占める割合は高くないものの、「おおよそ月90件くらい」の利用があるという。
市川市も渋谷区と同様に、LINEでの申請には、電子署名を用いていない。
この点について、担当者は「総務省とやりとりし、市としてはセキュリティ的に電子署名の重要性を認識している。電子署名をどのような形で導入するのかを検討している」 と述べた。
●大臣のコメントに対し、渋谷区がすぐさま反論
渋谷区は4月3日、「総務大臣コメントに対する渋谷区の見解」を公式ホームページで公開した。
区は、LINE申請について、精度の高いAI顔認証を導入したり、顔の向きをランダムに指定した顔写真を求めており、顔写真で本人確認しない現行の郵送請求よりもなりすましリスクは低いと主張する。
また、法律の観点からの指摘については、法令に基づき、本人確認の検証をした上で実施を決定し、その旨を運用開始前に総務省へ報告するなどしており、適法であると主張している。
渋谷区住民戸籍課の担当者は取材に対し、「区民の利便性向上のため、窓口に来なくても住民票などを交付できる仕組みを模索する中ではじめたサービス。今のところ、サービス停止などの予定はない」と話した(4月3日)。
渋谷区がはじめたLINEを用いたサービスは、本当に法的に問題ないのだろうか。板倉陽一郎弁護士に聞いた。
●「渋谷区のLINE申請は、郵送請求よりもなりすましリスクが低い」
ーー住民票の写しの送付請求する際、どのような身分証明書が必要ですか
「住民基本台帳法上、どのような本人確認書類が必要となるかについては、12条7項および以下の規定があり、『適当と認める書類』は自治体の長が裁量をもって定めることができます。
『個人番号カード等であって現に請求の任に当たっている者が本人であることを確認するため市町村長が適当と認める書類を提示する方法(住民基本台帳の一部の写しの閲覧並びに住民票の写し等及び除票の写し等の交付に関する省令5条1号)』
これに関し、渋谷区では、運転免許証(戸籍法施行規則11条の2第1号)・パスポート(同1号)・健康保険証(同2号イ、ただし同規則では組み合わせることが必要)・在留カード(同1号)・特別永住者証明書(同1号)などが定められています。
『・戸籍法10条の3第1項に規定する方法に準じて、本人であることを明らかにしなければならない(渋谷区戸籍事務及び住民基本台帳事務における本人確認等に関する条例3条1項) ・市町村長に対し、運転免許証を提示する方法その他の法務省令で定める方法により、当該請求の任に当たっている者を特定するために必要な氏名その他の法務省令で定める事項を明らかにしなければならない(戸籍法10条の3第1項) ・戸籍法10条の3第1項の法務省令で定める方法は、次の各号に掲げる方法とする(戸籍法施行規則11条の2)』
このうち、健康保険証は、必ずしも顔写真がついているとは限りませんから、ここでの本人確認は、『これらの書類は本人以外が所持していることが稀である』というレベルでしかありません。なお、パスポートの住所欄は自分で書くようになっていて、本人確認としての意味はありません。
ーー渋谷区が採用しているという仕組みは、顔写真で本人確認しない現行の郵送請求よりもなりすましリスクは低いといえるものなのでしょうか?
渋谷区が採用しているいわゆる『eKYC(electronic Know Your Customer)』は、『「運転免許証」、「マイナンバーカードの表面」、「パスポート」等の顔写真入りの本人確認書類』を用意した上で、これらとスマホ利用者の顔画像を比較するステップが入りますので、上記書類を郵送するだけよりは、なりすましが困難になります。
なお、この比較は渋谷区によると『AIによる顔認証と職員による照合確認とで二重に本人確認を審査できるようになっており』とされており、機械的なチェックと人間によるチェックがなされているようです」
●「住基法の解釈をめぐる争いが表面化したのは、住基ネットの合憲性以来」
ーー高市大臣は法律の観点から問題があると明言しました
「高市総務大臣は会見で、『オンラインによる請求手続でありますが、電子署名を用いない方法でございます。したがって、画像の改ざんやなりすましの防止といったセキュリティの観点、法律の観点から問題があると思います。具体的には、住民基本台帳法でございます』と述べています。
しかし、実際は、『情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律』が、オンライン申請については以下の規定で、個別法を上書きしています。
『申請等のうち当該申請等に関する他の法令の規定において書面等により行うことその他のその方法が規定されているものについては、当該法令の規定にかかわらず、主務省令で定めるところにより、主務省令で定める電子情報処理組織を使用する方法により行うことができる(6条1項)』
そして、ここでいう『主務省令』であるところの『総務省関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律施行規則(以下、主務省令)』は、以下のように定めています。
『前項の規定により申請等を行う者は、入力する事項についての情報に電子署名を行い、当該電子署名を行った者を確認するために必要な事項を証する電子証明書と併せてこれを送信しなければならない。ただし、行政機関等の指定する方法により当該申請等を行った者を確認するための措置を講ずる場合は、この限りでない(4条2項)』
これに関し、総務省は、『オンラインで住民票の写しの交付を請求する場合には、電子署名を付して本人確認を行う必要がある旨を助言する通知を全市区町村に対して発出する』としています。
具体的には、『電子情報処理組織を使用して本人から住民票の写しの交付請求を受け付ける場合の取扱いに係る質疑応答について(通知)』(令和2年4月3日付)で、以下のように示しています。
『窓口における本人等請求の場合には、請求時に厳格な本人確認を行うことを求めていること(住民基本台帳法12条3項)、書面による請求に当たっては、請求書に自署又は押印を求めていること(住民基本台帳の一部の写しの閲覧並びに住民票の写し等及び除票の写し等の交付に関する省令4条1項及び住民基本台帳事務処理要領)から、主務省令4条2項のただし書の規定は適用できません』
つまり、電子署名がない方法は適法ではないと主張しているわけです。なお、電子署名がある方法としては、マイナンバーカードを用いてコンビニで住民票の写しを交付する方法があり、これは渋谷区もやっています。
ーー渋谷区は法的に問題ないと主張しています
渋谷区は、住民基本台帳事務においても、主務省令4条2項ただし書の適用はあり、『「行政機関等」(情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律3条3号ハ)であるところの渋谷区が、「指定する方法」であるeKYCによって「当該申請等を行った者を確認するための措置を講」じているのだから問題がない』と主張していることになります。
住民基本台帳法の解釈をめぐって、総務省と自治体の間で争いが生じるというのは、住基ネットそのものの利用や合憲性を巡る争い以外には表面化したものはないと思います。
●「渋谷区の主張は、総務省より理があるようにみえる」
ーー双方の主張がぶつかり合っています。どちらの見解が妥当なのでしょうか
総務省が、主務省令4条2項ただし書を死文化してよいとするにあたっては、書面による請求の場合に、請求書に自署又は押印を求めていることを根拠としていますが、これは法令に定められているわけではありません。
あくまで住民基本台帳事務処理要領において、『請求者の氏名については、請求の意思を明らかにさせるため、自署又は押印を求めることが適当である』としているのみです(第2・4(1)①ア(ア)A )。
しかしながら、そもそも渋谷区は、『渋谷区戸籍事務及び住民基本台帳事務における本人確認等に関する条例』においても、郵送請求について自著又は押印を求めていません(ウェブサイトには『請求者の署名が必要です(この場合、ハンコは不要です)』とあります)。
総務省も、『適当である』としているだけですから、渋谷区の郵送請求における条例の定めが、住民基本台帳法12条7項及び『住民基本台帳の一部の写しの閲覧並びに住民票の写し等及び除票の写し等の交付に関する省令』5条1号に違反するとまではいっていません。
むしろ、条文に立ち返ると、主務省令4条2項ただし書は、法令レベルでの例外を定めていません。
主務省令14条は『次に掲げる法令の規定に基づく申請等を情報通信技術活用法第六条第一項の規定に基づき電子情報処理組織を使用する方法により行う場合については、第四条第二項の規定は、適用しない』としていますが、ここに住民基本台帳法は入っていません。
そうすると、住民基本台帳事務についても、『行政機関等の指定する方法』として、主務省令4条2項本文が認める電子署名を用いる方法以外の方法についても自治体の裁量を認めているように読めます。
この点で、渋谷区の主張は、主務省令4条2項ただし書を自らが発した通知のみに基づいて死文化しようとする総務省より理があるようにみえます。
総務省の態度は、住民基本台帳事務が伝統的に自治事務であるとされてきたこととも矛盾するのではないでしょうか。
もっとも、『行政機関等の指定する方法により当該申請等を行った者を確認するための措置』(主務省令4条2項ただし書)が適切であるかどうかの判断権が総務省にあるのか、当該行政機関等(今回は渋谷区)にあるのかは、問題としては残っていると思います。
●「法令で定められている事項についても、国は十分に地方自治体と議論すべき」
ーー行政手続のオンライン化は、近年法整備も含めて進められてきました。今回のようなサービスはこれから広がることが予想されますが、国や地方自治体は今後どのように進めていくべきでしょうか
「これまで述べたとおり、地方自治体における情報の取扱いは、住民基本台帳事務を含めて自治事務であるとされてきたのが基本であり、これによって情報公開制度や個人情報保護制度は各地方自治体で完全にバラバラになってきました(いわゆる個人情報保護法制2000個問題)。
これに対し、今回のコロナ禍を含む防災、医療、教育などの分野で弊害が指摘されてきたことから、個人情報保護委員会には『地方公共団体の個人情報保護制度に関する懇談会』が設けられました。
個人情報保護法制2000個問題の解消をも視野に入れた議論が始められていますが、国側が硬直的な解釈に固執するとなると、『ならば統一的な法制は適切ではない』と能力がある地方自治体が反発することも考えられます。
今回のように国の法令で定められている事項についても、十分に地方自治体と議論をして進める態度が望まれます」
【取材協力弁護士】
板倉 陽一郎(いたくら・よういちろう)弁護士
2007年慶應義塾大学法務研究科(法科大学院)修了。2008年弁護士(ひかり総合法律事務所)。2016年4月よりパートナー弁護士。2010年4月より2012年12月まで消費者庁に出向。2017年6月より日本弁護士連合会消費者問題対策委員会副委員長(電子商取引・通信ネットワーク部会長)。
事務所名:ひかり総合法律事務所
事務所URL:http://www.hikari-law.com/
Source : 国内 – Yahoo!ニュース
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