江戸時代から伝わる伝統工芸「つまみ細工」に新風を運ぶ女性作家がいる。元美容サロン経営者で、ネイルアートやまつげエクステンションの技法を取り入れた斬新な作品にも取り組む。つけ爪をしたまま器用に作業する姿は、指先の感覚を大切にする世界で異彩を放っている。
東京スカイツリーの膝元にある墨田区向島。華やかな江戸文化が息づく地にある作業場に、つまみ細工作家杉野聡子(43)の姿があった。
手にしたピンセットで3センチ四方の生地を1枚ずつつまみ、器用に折り畳んでいく。十数秒で生地は角の丸い三角形に。基本の「丸つまみ」ができた。これを手際よく、のりの上に並べていく。土台の周囲に一枚一枚貼り付けていくと、ピンク色をした花のつまみ細工に仕上がった。
正方形の薄い生地をつまんで折り畳む「つまみ細工」。「丸つまみ」「角つまみ」というたった2種類の手法を組み合わせることで花、ツル、金魚など多彩な表現が可能となる。
鮮やかなピンセットさばきに目を奪われつつ、どうしても気になったのが爪先。夏の青空を思わせるブルーのつけ爪が両指に施されていた。指先の感覚が大事なのは素人でも分かる。一体、作業に影響しないのか。
素直に疑問をぶつけてみると、「異端児なのかもしれませんね、私は」と笑みを浮かべた。実はつまみ細工との意外な接点があった。
髪飾り専門店「杉野商店」を営む夫の守(45)と結婚したのは2011年。店の定番がつまみ細工のかんざしだった。元々ものづくりが好きだったこともあり、会社を手伝ううちに「私も作ってみたい」と興味が膨らんだ。
“つまみ”の腕には覚えがあった。前職は、ジェルネイルやまつげエクステンションの施術を行う美容サロンを経営。特にまつエクは、医療用ピンセットでつまんだ人工毛を顧客のまつげにミリ単位の精度でつけていく作業の繰り返しだ。
守に相談して、つまみ細工作家への転身を決めたのは5年前。この道60年のベテラン女性職人の指導を受けた。つけ爪をしたまま作業場へ向かうと「こんなのを付けてできるのか。出入り禁止だ」と叱責(しっせき)された。それでも「これは譲れません」と言い切った。「ネイルが邪魔になることはない」。重ねたキャリアで自分が一番知っていた。
伝統を尊重しつつ個性を際立たせるスタイルは作風にも表れている。好んで使う色は深紅。伝統的な日本の色ながら、若い女性が髪に飾った時の「写真映え」を意識する。紫外線を当てて合成樹脂を固めるジェルネイルの技法を取り入れた玉かんざしも評判がいい。創業70年以上の杉野商店を継いだ守は「サロン経営を続けた方が稼げるんだけどね」と冗談めかしながら「杉野の家にはなかった考えが、結婚によって結びついて新しい価値を生み出してくれた」と感謝する。
業界の従事者は高齢化が進み、担い手不足が深刻だ。「夫とともに伝統を次代へ引き継ぐ」という気持ちは強い。前向きな話題もある。成人式で母親の晴れ着を譲り受ける「ママ振り」が流行していることで「新しい着物より柄が全体的に落ち着いているのでつまみ細工の髪飾りがよく似合う。実際に需要が増えている」と杉野はうれしそうに語る。
2男2女を育てる母親として「ハレの日を喜ぶ家族の姿を思い浮かべながら一つずつ手作りする」ことを忘れない。流行の移り変わりが激しい時代だからこそ「着飾った時の感動がずっとその人の記憶に残るように」。これが信条だ。目下の楽しみは、11月に控える長女(3)の七五三。愛情たっぷりのつまみ細工を贈るつもりだ。 (敬称略)
Source : 国内 – Yahoo!ニュース