秋篠宮さまが皇位継承順位第1位となったことを広く示す「立皇嗣の礼」が8日、皇居で執り行われている。憲政史上初の儀式。天皇、皇后両陛下、秋篠宮ご夫妻が皇居を訪れ、午前から夕方にかけて様々な行事や儀式がある。当初4月に開かれる予定だったが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の予防のため、規模を縮小して実施された。
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17:15
朝見の儀、秋篠宮さまが両陛下に謝恩の辞
秋篠宮さまは8日午後、皇居・宮殿で、立皇嗣の礼の儀式「朝見の儀」に臨んだ。立皇嗣宣明の儀を終えた秋篠宮さまが、天皇陛下に初めてあいさつする儀式。この日の立皇嗣の礼関連行事は朝見の儀が最後。秋篠宮ご夫妻は終了後、上皇ご夫妻へのあいさつのため仙洞仮御所(東京都港区)へ向かった。
儀式では、束帯姿からえんび服に着替えた秋篠宮さまが天皇、皇后両陛下に謝恩の辞を述べた。
朝見の儀は、皇族が結婚する時にも行われており、両陛下や出席した皇族方に同じ伝統料理が振る舞われる。今回は、黒豆を酒などで煮た「九年酒(くねんしゅ)」で乾杯し、「雲丹蒲鉾(うにかまぼこ)」や「塩引鰤(しおびきぶり)」といった料理の膳にはしを立てる食事の所作をした。その後、両陛下からご夫妻への贈り物として服地が手渡され、儀式が終了した。
コロナ禍で立皇嗣の礼が延期になる前は、儀式以外の関連行事として神武天皇山稜(奈良県)や伊勢神宮(三重県)への参拝も予定されていたが、当面延期される。
11:05
陛下が皇嗣の地位宣言 立皇嗣宣明の儀、秋篠宮さま決意
秋篠宮さまは8日午前、皇居・宮殿で、立皇嗣の礼の中心儀式「立皇嗣宣明の儀」に臨んだ。秋篠宮さまが皇位継承順位第1位の「皇嗣」となったことを内外に示す儀式で、天皇陛下が皇嗣の地位を宣言し、秋篠宮さまが決意を述べた。皇族方や、菅義偉首相ら三権の長など招待者約50人が見守った。
儀式では、陛下が「文仁親王が皇嗣であることを、広く内外に宣明します」と述べ、秋篠宮さまは「皇嗣としての責務に深く思いを致し、務めを果たしてまいりたく存じます」と決意を表明した。
陛下は「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」と呼ばれる天皇のみが着る束帯姿。秋篠宮さまは「黄丹袍(おうにのほう)」と呼ばれる束帯を身にまとった。皇后雅子さまと秋篠宮妃紀子さまは、左右の側頭部のびんを大きく膨らませた「大垂髪」と呼ばれる独特な髪形で、小袿(こうちぎ)を羽織り、長袴(ながばかま)姿だった。
09:17
秋篠宮邸を出発、悠仁さまがお見送り
皇居で執り行われる「立皇嗣の礼」に臨むため、秋篠宮ご夫妻は8日午前9時過ぎ、お住まいの秋篠宮邸(東京都港区)を出発した。長男の悠仁さまがお二人を見送った。
ご夫妻は玄関前で一度、立ち止まり、笑顔を見せた。紀子さまは薄い緑色のロングドレス姿。悠仁さまはご夫妻に一礼し、お二人の車を見送った。
前例ない儀式 91年の「立太子の礼」を参考に
「立皇嗣の礼」は、秋篠宮さまが皇位継承順位第1位となったことを国内外に宣言する国の儀式。上皇さまの退位に伴い、憲政史上初めて執り行われる。
前例のない儀式のため、宮内庁は、現天皇陛下が皇太子になる時に行われた平成の「立太子の礼」(1991年)を参考にした。平安時代に儀式の内容が知られるようになったとされ、一時期の中断をはさんで続けられてきたもので、今回はこれをほぼ踏襲した。
中核行事となるのは「立皇嗣宣明の儀」だ。皇居・宮殿で最も格式の高い「正殿・松の間」で、天皇、皇后両陛下と、秋篠宮さま、紀子さまが対面。天皇陛下が秋篠宮さまの皇嗣の地位を宣言した後、秋篠宮さまが決意を述べる。その後、内閣総理大臣による祝辞「寿詞(よごと)」が続く。
天皇陛下は、天皇のみが着る束帯「黄櫨(こうろ)染御袍(ぜんのごほう)」を身にまとい、秋篠宮さまは赤みのある黄色の「黄丹袍(おうにのほう)」と呼ばれる束帯姿。皇后雅子さま、紀子さまは小袿(こうちぎ)に長袴(ながばかま)姿。他の皇族方は洋装で参列する。
招待者は当初、国内外から約350人の予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の予防のため、約50人規模に縮小された。内閣総理大臣のほか「三権の長」ら国内が主で、国外からは外交団長のみが招待された。
もう一つの儀式が「朝見の儀」だ。立皇嗣宣明の儀を終えた秋篠宮さまが、初めて天皇陛下に会う儀式。秋篠宮さまが謝恩の辞を述べた後、天皇、皇后両陛下が祝いの言葉を伝え、贈り物を渡す。平成時は、燕尾(えんび)服とモーニングコートの服地が贈られた。
そのほか、関連儀式として、天皇陛下が、代々天皇家に伝わる守り刀「壺切御剣(つぼきりぎょけん)」を秋篠宮さまに授ける儀式もある。宮内庁によると、確認できた最初の壺切御剣は、平安時代前期の9世紀後半、関白藤原基経から宇多天皇に献上された後、宇多天皇から後の醍醐天皇になる敦仁親王に授けたものという。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止の観点から、祝宴「宮中饗宴(きょうえん)の儀」は取りやめる。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル