【新首相へ菅さんのスガオ(中)】政治に興味なく…高校卒業後、憧れの東京へ“家出” 小中高時代の親友が語る(サンケイスポーツ)

 菅義偉自民党新総裁は中学時代、故郷の秋田県雄勝町(現湯沢市)秋ノ宮地区で軟式野球に打ち込んだ。そして高校では硬式野球に挑戦することを夢見ていたが、かなわなかった。  「中学の同期約150人のうち、進学したのは30人ほど。高校でのクラブ活動も、そもそも無理だった」  元チームメートで、小・中・高校時代の同級生だった幼馴染の由利昌司さん(71)が振り返る。菅氏と由利さんは県立湯沢高に進学したが、山あいの秋ノ宮からの通学はバスと汽車、徒歩で片道計2時間。毎朝6時前に家を出た。  しかも秋ノ宮は一晩で1メートルの積雪もざらという豪雪地帯で、11~3月はバスが運休した。菅氏の実家でも真冬は2階から出入りしていた。菅氏はこの時期、湯沢市内に下宿したが、野球を続けるなら1年中下宿しなければならない。「経済的負担を親に掛けられなかった」というのも理由だ。  そんな境遇にあって、強く印象に残っていることがある。菅氏は野球部員の同級生のために放課後の掃除当番を自ら代わっていた。「あんなに野球に打ち込んでいたのに、『練習頑張れよ』といって。優しいんだなと思ったね」。  下校中、互いの進路について話していた。稲作農家だった菅氏の父、和三郎さんはなんとか収入を増やそうとイチゴ栽培に挑戦。収穫後は自ら夜行列車で東京や関西へ向かい売り込んでいた。  苦労を知る菅氏は「農業ではねえよなあ」と口にしていた。とはいえ「何をすればいいのかわからなくて、政治になんて彼は全く興味がなかった。ただ、お互い東京には漠然とした憧れはあった」という。  農業を継いでほしい和三郎さんと意見が合わず、高校卒業直後の3月、菅氏は上京した。  「集団就職ではなく、彼は家出同然に秋ノ宮を出た。私が上京した1週間後のことだった。まだ、お互いふらふらしていたな」。以降、長く音信不通になった。(続く) ■由利 昌司(ゆり・まさし)  1948(昭和23)年10月28日生まれ、71歳。秋田県雄勝町(現湯沢市)出身。県立湯沢高卒業。職業訓練校講師、家業の設備工事会社勤務を経て、84年に36歳で雄勝町議初当選。同町の合併で湯沢市議となり、2017年に引退。19年、旭日小綬章を受章。

Source : 国内 – Yahoo!ニュース

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