6日、広島は被爆77年の「原爆の日」を迎えました。平和記念式典には地元選出の岸田文雄首相や国連のグテーレス事務総長が参列しました。ロシアによるウクライナ侵攻の中、広島に集まった人たちからは、核兵器のない世界の実現をめざす声が上がりました。タイムラインで速報しています。
(タイムスタンプは日本時間、括弧内は現地時間)
【連載】奪われた笑顔
家や学校でいつも通りに過ごしていた子どもたちが、原子爆弾に突然襲われました。遺族の記憶と、被爆前の写真のカラー化によってよみがえった無邪気な笑顔が、核兵器の非人道性を今に伝えてくれます。
■■■8月6日(日本時間)■■■
18:00
原爆犠牲者を悼み、平和を祈る灯籠(とうろう)流しが、原爆ドーム(広島市中区)前を流れる元安川であった。新型コロナウイルスの影響で2020年と21年は関係者のみで実施し、大規模な開催は3年ぶりとなった。
「核兵器のない世界を」「世界に平和を」。市民が約2500個の灯籠に託した言葉は明かりに照らされ、川面で静かに揺れた。
17:40
爆心地から500メートルの旧天神町では、原爆投下から約10時間が経った午後6時ごろも、まだ火が燃え上がり町内に入れなかったという。女学生らが元安川の川岸で抱き合うようにして横たわっていたという記録も残る。
「何千度という熱で灰になってしまい、拾う骨もなかったようですね」。8年ほど前から原爆資料館でボランティアガイドをする佐藤弘さん(69)=広島市佐伯区=は川面を見やりながら、オカリナの音色を響かせていた。「原爆を許すまじ」「見上げてごらん夜の星を」……。鎮魂のような音色に誘われた留学生へ、この川辺の惨禍を英語で説明した。「これからももっともっと伝えていかなくては」
16:00
核戦争をいかに防ぐか 平岡敬さんが講演
ロシアのウクライナ侵攻が続く中、「核戦争をいかに防ぐか ヒロシマで考える」をテーマに広島市内で開かれた講演会で、元広島市長の平岡敬さん(94)は、「日本は世界と和解していかなければならない」と述べた。そのためには、第2次世界大戦でアジアで行ったことへの「謝罪」と「補償」、「再発防止の誓い」が必要だと指摘した。
その上で、原爆投下をめぐっては米国も同じだと主張。「米国が原爆投下の責任を認めて謝罪しない限り、核兵器を無くすことはできない」と強調した。
講演会は市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA)」が主催し、オンラインを含め約110人が参加した。
15:40
母の命日に振る舞うお好み焼き
広島市南区のお好み焼き店「KAJISAN」はこの日も開いていた。店主の梶山敏子さん(81)は記者が注文した「肉玉そば」を焼いてくれた。
原爆の日に県外から広島に来るのに合わせ、お好み焼きを食べに寄る人もいる。だから、毎年開けておくようにしている。
梶山さんも被爆者。爆心地から約1・2キロにいた。逃げる途中、雨が降ってきたことを覚えている。
8月6日は、梶山さんにとって母の命日。爆心地近くで、空襲での延焼を防ぐためにあらかじめ建物を取り壊す「建物疎開」の作業に出ていたという。
母は帰ってこず、遺骨も見つからなかった。すでに父は亡くなっていたため、梶山さんは孤児となった。同じように孤児となった夫の母も遺骨はどこにあるのかわからない。
身元がわからない原爆犠牲者の遺骨を納めてある原爆供養塔に、2人の母の骨も入っているのでは。供養塔にお参りをしてきた。今年は7月に足を運んだという。「会いに来ましたよ。長生きさせてくれて、見守ってくれてありがとう」と思いながら。
【記者の視点】被爆者一人ひとりにあいさつしたグテーレス国連事務総長
広島市内を見渡す高層ホテル。32階の一室に入ってきたアントニオ・グテーレス国連事務総長は、待っていた5人の被爆者一人ひとりに頭を下げ、あいさつした。事務総長としては初めてだが、自身にとっては2回目の訪問。被爆者への敬意がにじんだ。
平和記念式典であいさつしたグテーレス氏は、直後に被爆者との対話に臨んでいた。冒頭の自己紹介などだけ公開。グテーレス氏はその後の記者会見で、非公開の時のことをこう述べた。
「長崎の被爆者が見せてくれた紙芝居に感銘を受けた。世界中に届けることをその場で提案した」
どんな紙芝居だったのか。実は、記者の私は前夜にその紙芝居を見ていた。以前、長崎にも勤務経験がある。3歳の時に被爆した体験やその後の人生を取材させてもらった長崎市の三田村静子さん(80)が長崎の被爆者代表として、広島に来たため、会いに行った。
その際、三田村さんが見せてくれたのが、長崎で被爆死した少年の写真をモチーフにした紙芝居だった。
この少年の写真は、被爆翌日に爆心地付近で撮影され、長崎の原爆の悲惨さを伝える1枚としてよく知られている。
三田村さんは、子どもでもわかるように紙芝居で長崎の原爆被害について伝えており、この少年を題材とした。
私もこの写真をめぐる取材を…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル