【速報中】被災地に響いた「愛の鐘」 午後2時46分、鎮魂の祈り

 11日で東日本大震災から11年となります。震災関連死を含めた死者・行方不明者は2万2207人。失われた命を思い、残された人たちの心の痛みを想像する。そして、これからくる災害への教訓と備えを考える――。そんな1日にしたいと思います。各地の動きをタイムラインでお伝えします。

東日本大震災から11年、発災時刻に合わせて伝承施設「閖上の記憶」前で黙禱(もくとう)する人=2022年3月11日午後2時46分、宮城県名取市、加藤諒撮影

14:46

内陸でも祈り「何年たっても思い寄せる」 盛岡

 沿岸から離れた内陸でも被災地に思いを寄せる――。盛岡市の市施設「もりおか歴史文化館」の広場では午後2時46分に、約500人が1分間黙禱(もくとう)した。

 「祈りの灯火(ともしび)」という催しで、盛岡市など8市町でつくる盛岡広域首長懇談会が主催。ボランティア活動をしている中学生や、関心がある一般の人が集まった。

 灯火は震災翌年から始まり、今回で11回目だ。盛岡市の団体職員の女性(47)は、こう話す。

 「沿岸から離れているが、何年たっても亡くなった方に思いを寄せることが大事だと思い、参加した」

14:46

首都圏の私鉄、一斉停止の訓練

 午後2時46分、首都圏を走る京王電鉄京急電鉄などは、地震を想定して列車を一斉に停止させる訓練を実施した。最大で30秒ほど停車し、車内でも訓練を伝える放送が流れた。

14:46

岸田首相、福島の祈念式に出席「復興に全力尽くす」

 岸田文雄首相は、福島市のとうほう・みんなの文化センターで開かれた福島県主催の東日本大震災追悼復興祈念式に出席し、参列者とともに、地震発生の午後2時46分に黙禱(もくとう)した。震災後、首相が3月11日に被災地を訪問するのは初めて。

 首相は追悼の言葉の中で、原子力災害からの復興について、「中長期的な対応が必要」とし、「国が前面に立って、帰還に向けた生活環境の整備や産業・生業の再生支援を進める。福島の本格的な復興・再生、東北の復興に、全力を尽くす」と述べた。

 歴代首相は2012年以降、東京都内の政府主催の追悼式に出席してきた。同式は震災10年の昨年で最後となったため、岸田首相は今回、福島県主催の式典に出席した。

14:46

「生きて、記憶伝えていくしかない」 宮城・山元の徳泉寺で法要

 震災が発生した午後2時46分に合わせ、宮城県山元町にある徳泉寺で犠牲者を悼む法要が営まれた。集まった町民らは、住職の早坂文明さんらの読経に耳を傾け、亡くなった人に思いをはせた。

 海から約300メートルの距離にある徳泉寺は、震災で74人の檀家(だんか)が亡くなった。本堂も津波で流されたが、全国から集まった支援をもとに、2020年3月に再建を果たした。

 参列した同町の嶋田由美子さん(62)は、多くの友人を津波で失い、寺の近くにあった自宅も水をかぶって住めなくなった。「津波の直後は『この世の終わり』だと思っていたけれど、多くの支援で生活を立て直すことができた。残された人は生きて、震災の記憶を伝えていくしかないんだと思う」と話した。

14:46

海に向かい祈り「教訓、次の世代へ伝える」 仙台・荒浜小

 陸地に迫る津波から多くの人が避難した震災遺構・荒浜小学校(仙台市若林区)の屋上では、地震が起きた午後2時46分、放送に合わせて見学に訪れた多くの人が黙禱(もくとう)した。

 初めて同小に来たという地方公務員の女性(38)=同市宮城野区=は長女(3)とともに海に向かって祈りを捧げた。施設内をめぐり、長女に「津波が来たらどうする?」と尋ねると「逃げる!」と答えたという。

 「子どものような、震災を知らない世代に教訓を伝えていきたい」

地震発生の時刻に合わせて黙禱(もくとう)する人たち=2022年3月11日午後2時46分、仙台市若林区荒浜の荒浜小学校、根津弥撮影

14:46

鎮魂の鐘の音響く 岩手・大船渡のみなと公園

 鎮魂の鐘の音色は、集まった人の祈りを乗せて、沿岸被災地に響いた。

 岩手県の大船渡湾に面したみなと公園(大船渡市大船渡町)では午後2時46分、「鎮魂愛の鐘」が鳴らされた。

 鐘は2013年、地元のロータリークラブが、同公園近くの別の公園に設置したもの。その公園の復旧工事に伴って18年に撤去されたが、クラブ側が再び置ける場所を探していた。

 工事により、もともとあった公園は防潮堤で囲われるようになり、「追悼にふさわしい海が見える場所を」と検討した結果、津波の被害から復旧したみなと公園に決まり、3月11日が新たな披露となった。

 鐘は国内外のロータリークラブからの寄付で設置された。設置活動を進めた大船渡西クラブの志田成樹会長(49)は「世界中の善意でできたもの。なんとか形に残したかった」。

鐘を鳴らす大船渡西ロータリークラブの浜守豊秋さん=2022年3月11日午後2時46分、岩手県大船渡市大船渡町、宮脇稜平撮影

13:20

行方不明の娘「はやく帰っておいで」 宮城・女川湾

 宮城県女川町の女川湾の沖合に船で出た成田博美さん(62)は午後1時20分、海に向かってピンクの花を投げた。行方不明の長女、絵美さん(当時26歳)の好きな色の花だ。「絵美、はやく帰っておいで」。海のどこかにいる絵美さんに向かって呼びかけた。

 3月10日が誕生日の博美さん。11年前は娘に誕生日ケーキを贈ってもらい、その翌日に震災があった。「天国から地獄へ一日で変わった」

 10年近く絵美さんはどこかにいると信じてきた。でも最近は「もうこの世では絵美さんに会えないのかな」と思う。

 この日は、絵美さんの好きだったハンバーグとからあげの入ったお弁当をつくり、海に流した。毎晩、絵美さんの携帯にメールを送る。「助けられなくてごめんね」。今晩もメールを送る。

「絵美、はやく帰っておいで」。海に花を投げ、成田博美さんが呼びかけた=2022年3月11日午後1時18分、宮城県女川町の女川湾、福岡龍一郎撮影

12:15

「孫に会わせられなかったことが後悔」 仙台・若林区の交流館

 仙台市若林区の「せんだい3…

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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