大村美香
世界各地の民族染織品を公開してきた東京・自由が丘の小さな美術館が、12月で展示を終える。館長の岩立広子さん(87)が半世紀以上にわたり収集した品々が並び、染織工芸にひかれる人々の間ではよく知られた場所だったが、財政的な苦境から休止を決意した。一般の人が貴重な収蔵品を見る機会は失われる。
東急・自由が丘駅近くのビル3階にある「岩立フォークテキスタイルミュージアム」(東京都目黒区)はわずか1室と展示空間は小さい。だが、中央アジアの華やかなししゅう布・スザニ、アフガニスタンの敷物・キリム、インドの木版更紗(さらさ)など、他の美術館にはない独自のテーマで企画展示をしてきた。
岩立さんは1965年に中南米に行き、伝統的な染織品の高い技術と古びないデザインに魅せられて収集を始めた。集落を訪れ、作り手の女性たちに会い、職人の話を聞き、敷物やショール、民族衣装など手仕事での巧まざる美があると感じた品を集めてきた。中でも、5千年にわたる染織の歴史があるインドは70年に初めて訪れて以来訪問回数は80回になる。
実物を見られる場を作りたいと館を開いたのは2009年。収蔵品はインドの染織品約4千点のほか、アフガニスタンやシリア、中国などのものも合わせて計約8千点に上る。
衣類や実用の品は散逸しやすく、今では手に入らないものや、現地で伝統が途絶えてしまったものも数多い。高級品か庶民の品かを問わず、専門家の目で美を認めた品を選び抜いたコレクションは貴重と評価される。コレクションを基に日本民藝館などで展覧会が何度か開かれた。
開館以来、赤字続きで、コロナ禍でも休館はしなかったが、岩立さんは「このままの形では続けられない」と判断した。今後は収蔵品の維持管理を中心にして、機会があれば催しを開きたい考えだ。「ここまでやれたのは布の導きのおかげ。手仕事の品は人にパワーをくれる。コレクションの良さを伝え、次の人々に残す方法を考えたい」と話している。
開催中の最後の企画展は「カンタ――母からの贈り物」。カンタはインド・西ベンガル州やバングラデシュの刺し子布。使い古しの白い木綿布に色糸で文様をししゅうしてある。身の回りの事物を糸でつづったデザインの伸びやかさに魅了される。
12月11日まで。開館は木、金、土曜の午前10時~午後5時。入場料500円。予約必要。サイト(https://iwatate-hiroko.com/
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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