あの日、和歌山城のセミがうるさかったという人と鳴いていなかったという人がいる。1945年7月9日午後11時58分から10日午前1時48分にかけてあった和歌山大空襲の地をあるく企画が10日あった。50人が77年前の記憶をたどった。
文化団体わかやま楽落会が催し、体験者に聞きとりを重ねている和歌山市立博物館元副館長の高橋克伸さん(68)と、記録映画をつくっている和歌山大学教授の木川剛志さん(45)が道案内をした。
高橋さんによると、45年7月9日午後6時の和歌山市は晴れ、気温26・7度、北北東の風3メートルが吹いていた。あけて10日の空は焼けあとの煙で暗く、雨が降ったという人と降っていないという人がいる。
催しの集合地の汀公園は、あの日、避難していた748人が炎の旋風で亡くなったところだ。出発に際して参加者の細畠美鶴さん(59)が父清一さん(92)の体験を紹介した――。
清一さんは当時15歳。和歌…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル