災害時の決壊や水難事故により危険箇所として敬遠されがちな農業用のため池を憩いの場として活用する取り組みが、大阪府熊取町で20年目を迎える。ため池の名は「長池オアシス」。荒廃ぶりに危機感をもった地域住民たちが、夏にハスの花が咲き誇る名所として再生させた。たゆまぬ努力と工夫で維持管理を続けている。(北村博子)
■事件が転機
長池オアシスは近接し合う長池、下池、弥沢池の3つで構成され、敷地面積は甲子園球場とほぼ同じ約3・82ヘクタール。散歩やジョギングのコースとなっており、朝夕を中心に1日約300人が訪れる。泉州地域に古くからある白い花のハスや、長池生まれの新種「長池妃(ひ)蓮(れん)」などを栽培し、知る人ぞ知る観光スポットになっている。
かつては草が生い茂り、犬の糞(ふん)やゴミが絶えないさびれた場所だった。平成12年11月、府のため池再生事業「オアシス構想」に基づいて一帯が整備され、多少は環境が改善されたものの、次第に衰退していく。
そうした中で15年5月、地域に衝撃が走った。当時小学4年だった同町の吉川友梨さん(25)が、下校中に行方不明になる事件が発生したのだ。
長池オアシス管理会の副会長、中島英子さん(75)は「本当にショックで、人ごととは思えませんでした。子供を安心して育てられる環境づくりの必要性を、町のだれもが実感しました」と話す。
以来、住民らは危険な場所になりつつあったため池にも目を向けた。根気良く清掃や草刈りを続け、居心地が良くなると人が集まるようになった。
■まちおこしの拠点
住民たちによる維持管理が続いてきた要因が、費用をまかなう仕組みだ。
管理会は、農家らの水利組合と周辺住民、6つの自治会役員らで構成され、約100人が所属している。全員がボランティアで参加する一方、池の一部を埋め立てた貸し農園(121画)を運営し、年間約60万円の使用料収入がある。これを肥料代や電気代などに充てている。
現在では地元企業がハスにちなんだ商品を開発して地域活性化につなげるなど、まちおこしの拠点にもなっている。
ただ、大阪府内にあるため池4678カ所のうち、オアシス構想で整備されたのは計36カ所。長池オアシスのように住民主導で息の長い活動が続いている例は、ほとんどないという。
■兵庫では大学
一方、2万4400カ所と全国一ため池が多い兵庫県では、大学が保全に貢献している。
神戸大、兵庫県立大、京都大の3大学が連携する「東播磨フィールドステーション」(兵庫県加古川市)。農学や経営学などのさまざまな研究者が知恵を出し合い、ため池を地域資源として活用する方法を模索している。
ため池を太陽光発電所に転用して、不足しがちなため池の維持管理費を補う、農家らに費用を負担してもらって最大の課題である草刈り要員を確保する-など、新たなビジネスを創出することを提案。企業や市民からの要望に対してもサポートしていく。
メンバーの一人で、神戸大大学院の柴崎浩平特命助教(農業農村経営学)は「ため池だけを見ていては問題は解決しない。過疎化や里山の荒廃など、問題の背景を見る必要があるのではないか」と話している。
■安全対策に障害も
農林水産省によると、農業用ため池は全国に16万6638カ所あり、自然災害で人的被害が生じるおそれのある「防災重点ため池」は、約4割に当たる6万3722カ所にのぼる。
農家の減少などで管理が不十分になり、放置されるため池は増えているが、大阪府立大の工藤庸介助教(地域環境工学)は「権利関係が複雑で、安全対策を取る妨げになっている」と指摘する。
ため池の多くは農家などの水利組合が管理している上に、土地と堤防などで権利者が異なるケースや、村落共同体が持つ「入会地」になっていることもある。危険を取り除こうにも、簡単には現状を変更できないというわけだ。
解決に向けて国や行政も対策に乗り出そうとしている。昨年の西日本豪雨で被災した広島県は今年3月、利用されないため池は廃止に向けた調整を県が進めるとの方針をまとめた。7月に施行された「農業用ため池の管理及び保全に関する法律」では、所有者不明のため池でも、防災工事が必要な場合は市町村が対策を取れるとしている。
役割を終えたため池は、埋め立てて宅地や駐車場にされるか、水辺を残して公園やゴルフ練習場などにされることが多い。工藤助教は「生き物の貴重な生息空間でもあり、残してほしいとの思いもある」と話した。
Source : 国内 – Yahoo!ニュース