山口県萩市の神社境内にぽつんと立つ簡素な建物。今年秋、国の史跡に指定されて100年を迎えた松下村塾だ。激動の幕末期、8畳と10畳半の二間で熱を帯びた講義や議論があり、多くの志士、俊英が巣立った。奇跡のような私塾を主宰した吉田松陰の生涯は、いまも多くの人を刺激してやまない。
小説、ドラマだけじゃない アニメで松陰萌え
ある平日。熊本県から来た大学生の女性2人が松陰神社本殿前で手を合わせていた。1人はテレビアニメ「銀魂(ぎんたま)」に登場する松陰をオマージュしたキャラクター、吉田松陽を通じて「松陰萌(も)え」を募らせたという。「松陰は若くして亡くなりましたが、多くのことを成し遂げた。志が高く、教育面ですごいと思います」
松陰は小説、ドラマ、映画でたびたび取り上げられてきた。
司馬遼太郎の小説「世に棲(す)む日日」やNHK大河ドラマ「花燃ゆ」のほか、最近は「松かげに憩う」(雨瀬シオリ作)という漫画でも描かれている。
1854(安政元)年、松陰は海外密航を試みて失敗し、萩の野山獄に投獄された。釈放後、実家の杉家で幽閉の身となりつつ、孟子などの講義をした。
その後、親戚の私塾から「松下村塾」の名を引き継いだのが境内に残る建物。門弟が増えたため、58(安政5)年に10畳半の部屋を増築し、今の形になった。
松陰が実家と松下村塾で教えた2年半ほどの門下生は約90人。当時、身分が低く長州藩の藩校に入れなかった若者たちも受け入れ、彼らは日本を変える原動力となった。
高杉晋作や久坂玄瑞ら維新の志士、明治日本を築いた初代首相の伊藤博文や山県有朋、洋式造船技術者の渡辺蒿蔵や、東京職工学校(現・東京工業大学)の初代校長を務めた正木退蔵といった理系の分野で活躍した人材もいた。
後半では松陰神社保存のための努力や塾で学んだあの人この人、神社創建の経緯、松陰の魅力などについて紹介しています。
1922(大正11)年10…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル