20世紀を代表する彫刻家のイサム・ノグチ(1904~88)は、晩年に香川県の「石の町」にアトリエを構えた。日米を行き来しながら、生涯をかけて石の彫刻を追究したノグチが、死の直前まで20年以上、折に触れて訪れた寺がアトリエ近くにある。
「世界的彫刻家」と「寺の住職」の知られざる交流。異なる経験、環境で生きてきた2人の「ご縁」を通じて、世界的彫刻家の一面が見えてくる。
当時の住職は高齢で直接の取材はできなかったが、寺に残された写真や住職の講演を収録した1時間余りのカセットテープ、関係者への取材を通じて足跡をたどると、特定の宗教を持たなかったノグチが、住職にある願いを託したこともわかった。
記者は6月、香川県東部の小さな寺を訪ねた。瀬戸内海の潮風を感じながら、正門をくぐる。庭の奥に続く石畳を進むと、本堂がある。本尊の周りでひときわ存在感を放つのは、天井から釣り下がった直径約1・2メートルの球体の照明だ。和紙を透かした柔らかい光が、周囲を優しく照らす。
和紙と竹からなる照明器具「AKARI(あかり)」。ノグチが1951年に、岐阜県の伝統的工芸品「岐阜提灯(ちょうちん)」から発想を得て制作を始めた「光の彫刻」だ。
「和紙を透かしてくる明かりは、ほどよく光を分散させて部屋全体に柔らかい光を流してくれる。『AKARI』は光そのものが彫刻であり、影のない彫刻作品なのです」
「あかり」を唯一生産する岐阜提灯の老舗「オゼキ」のホームページでは、ノグチの言葉がこう紹介されている。
本堂の「あかり」は、200種類以上あるシリーズの初期の作品だ。四角柱や鏡餅状、楕円(だえん)形などの多種多様な「あかり」が、応接間や玄関などに計17点ある。ノグチの助言で設置したものもあり、大切に手入れされながら寺を照らし続けている。
ノグチがたびたび訪れていたこの寺は、400年以上前に建立された真言宗の「法性山(ほっしょうざん)普門院金剛寺」(香川県さぬき市志度)。地元では「普門院」として親しまれている。
良質な花崗岩(かこうがん)・庵治石の産地で、ノグチが69年にアトリエを構えた高松市牟礼町(旧香川県牟礼町)の隣町にある。四国霊場第八十六番札所・志度寺にも近く、「お遍路さん」もたびたび訪れる。
ノグチが交流を深めたのは、24歳年下の普門院の前住職、岡田泰弘さん(93)だ。彫刻家と住職。経歴も年齢も違う2人だが、それぞれの経験や生き方、作品について語り合い、互いを尊敬し合っていたという。
普門院の応接間には、87年に撮影された2人の写真が飾ってある。写真のノグチは、岡田さんに体を向けて話しかけ、岡田さんは手を組んでノグチの言葉に耳を傾けている。2人の関係性がうかがえる光景だ。
2人の初めての出会いは、6…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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