東北地方でイノシシの被害が急増している。イノシシの活動範囲が「北上」し、これまで目撃されてこなかった青森にも出没。山形では被害額が10倍に増えた。農業関係者らは対策を急ぐが手探りの状態で、追いつかない状態だ。
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「このままじゃ根っこが全部掘り返されて、木が倒れちまう」。3月下旬、岩手県一関市の民家の裏庭で地元猟友会の佐藤律衛(りつえい)さん(71)がつぶやいた。南高梅の木の根元が、泥で真っ黒になるほど掘り返されていた。大きなイノシシの足跡がいくつもある。
佐藤さんは住人に、黒いビニールやトタンで柵のように囲うようアドバイスをした。イノシシは透明なビニールや網では突破するが、前が見通せない柵があると入らないという。佐藤さんは「理由はよくわからん。俺らも対策は手探りだ」と話す。
県南部の一関市で、イノシシは100年以上前に姿を消したと言われていた。再び目撃され始めたのは2005年ごろ。11年に初めて捕獲され、19年度は58頭を捕獲、農作物の被害も182万円にのぼった。
佐藤さんが1カ月ほど前に設置した箱わなを見に行くと、近くにイノシシの足跡があるだけだった。警戒心が強く、数カ月たたないと中に入らないという。地元猟友会にはイノシシ猟のノウハウがなく、わなの仕掛け方はネットなどで調べて試行錯誤する。「この捕獲ペースじゃ増える一方だ」と佐藤さんは言った。
雪の積もった土地でも生息
環境省の資料によると、イノシシによる農業被害額は19年度に東北全体で約2億7800万円。12年度の1億1400万円から2倍以上に増えた。イノシシが生存していないとされていた秋田では17年度に、青森では19年度に初めて農業被害が確認された。
全国的には、19年度の農業被害額が11億円を超える九州地方や中四国地方など、西日本でイノシシの被害が大きい。
野生動物の研究をする岩手大農学部の山内貴義准教授は、イノシシの「北上」が進んでいると指摘。これまで、イノシシは足が短く、雪深い場所は移動できないと考えられていたが、GPSを使った最近の生態調査などで、雪の積もった土地も動き回っていることが確認されたという。山内さんは「温暖化で雪が減り、さらに北上が進んでいくだろう」と分析する。
福島県では、特に東京電力福島第一原発の事故で避難指示が出された地域で、イノシシが繁殖している。20年夏から、ICT技術を使い、イノシシが近づくと犬の鳴き声が鳴るシステムの実証実験が行われている。実験を企画した東京農工大学の金子弥生准教授は「実際に音が鳴るとイノシシが逃げる効果が確認できた。人手不足の解消にもつながるはず」と実用化をめざす。
12年度に比べ、19年度のイノシシによる農業被害額が10倍以上に増えた山形県。同年度の電気柵設置の予算は約4300万円で、前年度から大幅に増やした。県の担当者は「特効薬はない。駆除と侵入防止策を地道に続けていくしかない」と話す。(中山直樹)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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