オウム幹部の涙、自供まで5年 待ち続けた元刑事の悔悟

 オウム真理教が最初に外部を攻撃した事件として知られる坂本弁護士一家殺害事件の発生から、4日で30年を迎える。坂本堤(つつみ)弁護士(当時33)、妻の都子(さとこ)さん(当時29)、長男の龍彦ちゃん(当時1歳2カ月)は1989年11月4日未明に横浜市の自宅で殺害されたが、95年9月まで遺体は見つからなかった。教団の元幹部から自供を引き出した神奈川県警の元刑事が取材に応じた。

 「何十年か後に事件を語る日が来るかもしれない。そう思って取っておいたんだ」

 福島県南相馬市の自宅で、志賀俊明さん(79)がベージュ色のノートを持ち出した。表紙には特別捜査本部を意味する「特」、弁護士を意味する「弁」の字が書かれている。

 事件の実行犯の一人で、教団や自らの関与を初めて自供したのは、岡崎一明・元幹部。昨年7月に死刑が執行された。

 事件への関与について語り始めたのは、1995年4月6日だった。志賀さんが担当した事情聴取の内容が、ノートには克明に記されている。

 一家に手を出したのか、問われた岡崎元幹部は「手を出していなければすぐいいますよ。情報だけならすぐいいます」。

 直下には、「AM(午前)1:30分ころから弁(弁護士事件)の実行状況供述始める」のメモ。ノートに基づいて報告書が作られ、事件は動き始めた。

 だが、岡崎元幹部の自供に至る…

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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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