キャッチボールできなくても 車いすの父が支えた子、プロ野球選手に

 プロ野球のドラフト会議(20日、東京都内)を、そっと見守る人がいる。

 伝えたいことはただ一つだ。

 「プロ野球選手になっても、なれなくてもいい。周りの人への感謝を忘れず、いつまでも夢を追い続けてほしい」

 長野県小海町の内田清司さん(60)は、車いす生活を送る。大学生の時に都内で交通事故に遭い、頸髄(けいずい)を損傷。首から下に力が入らなくなった。

 大学を中退してふるさとの長野に戻り、建設会社で働いた。妻の智美さん(47)と結婚し、高校3年と中学1年の「2組の双子」の子どもたちを育てた。

 高校3年の双子の弟、湘大さん(18)は小学2年のころ、野球に興味を持ち始めた。

 清司さんはうれしかった。自身も高校まで野球部だったからだ。

 ただ、もどかしさもあった。事故の影響で手に力が入らず、ボールが握れないからだ。

 「息子とキャッチボールをしてあげたかったし、私の一つの夢でもあった。悔しかった」

 キャッチボールができない分…

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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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