新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、世界共通の目標SDGs(エスディージーズ)(持続可能な開発目標)が試練にさらされています。貧困や格差の広がりを食い止める手がかりを探ろうと、オンライン座談会「コロナ禍でSDGsは大丈夫?」が11日、開かれました。進行は朝日新聞SDGsプロジェクトのエグゼクティブ・ディレクター、国谷裕子さん。国際労働機関(ILO)のガイ・ライダー事務局長への事前インタビューを交えながら、国谷さんと3人のゲストが「より良い回復」に向けて必要なことを話し合いました。
座談会の登壇者
石井菜穂子(いしいなおこ)さん 東京大学グローバル・コモンズ・センター、ダイレクター。途上国の環境事業を支援する「地球環境ファシリティ」の議長を8年つとめた。
焼家直絵(やきやなおえ)さん 国連世界食糧計画(WFP)日本事務所代表。スリランカやシエラレオネ、ミャンマーなどで支援にあたり、17年から現職。
上田壮一(うえだそういち)さん 一般社団法人「Think the Earth」理事として、SDGsを広げる活動を展開。
ガイ・ライダー氏「コロナで貧困層は増大、危険な状況に」
新型コロナウイルスの影響は立場の弱い人たちほど深刻で、不平等が広がっています。世界では労働者の10人に6人、約20億人が社会的な制度から外れたまま日銭を稼いで暮らしています。時給で働く人や、ネットで単発の仕事を請け負う人たちも困難な状況にあります。
各国政府による緊急対策には、いずれ終わりがくる。失業者や貧困層が増大し、公的債務と格差が拡大し、政治や社会に対する不満が混じり合う、とても危険な状況になるでしょう。
拡大する国谷裕子さんとオンラインで対談するガイ・ライダーILO事務局長
国谷 最も弱い立場の人たちが最も大きな影響を受けています。世界の食料支援の現場では、何が起きていますか。
焼家 コロナで貧しい国の状況が悪化し、食料不安に陥る人は倍増の2億7千万人にのぼると推計しています。給付金などの保証がない国では、日銭がなくなると飢餓状態に陥ってしまう。「飢餓パンデミック(世界的流行)」の瀬戸際です。干ばつや洪水、武力衝突、バッタの大量発生による農作物被害も追い打ちをかけています。
私たちは国連機関で唯一、給食の支援をしていますが、ピーク時には日本を含め3億7千万人が給食をとれませんでした。貧しい国では給食があるから働かず学校に通えている子どもたちがいます。この先、学校へ戻ってこられるか、児童労働の増加も心配です。
国谷 いま世界では何が問われているのでしょうか。
石井 なぜコロナの感染が起きたのか、考えることが重要です。それは無計画な森林伐採や土地の利用が野生動物の領域に食い込んだ結果だった。だから人間の経済活動が自然の体系を壊さずに済むようにしないといけない。原因に働きかけなければ、同じことが繰り返されます。
何をどう作って食べ、どう住まい、消費するか。私たち人間の生き方が地球の限界とぶつかった。そうした「人新世」に生きている自覚が必要です。
また、社会経済システムの最も脆弱(ぜいじゃく)なところにいる小規模な生産者をどう守っていくのか、を考えないといけません。
〈人新世(Anthropocene)〉 人類の活動が生態系や気候に与える影響がふくらんだ結果、地球の状態を人間が支配する新たな地質年代に入ったとする考え方。経済・社会活動による環境負荷の蓄積により、地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)を踏み越えているとする指摘も出ている。
ガイ・ライダー氏「不平等、基本的な政策の枠組み考え直すとき」
2008年に世界金融危機が起きた時、人々はグローバル化を不公平なまま続けてはいけないと口々に言いました。でも、異なる経済をつくろうという機運は失われ、私たちはいま、失敗のつけを払っています。
ここ数十年、労働市場や貿易、投資を自由化すれば巨大な富が生み出され、やがては人々を潤すとの考えが支配的でした。だが、実際はそうならなかった。不平等を何とかしたいのなら、基本的な政策の枠組みから考え直すときです。
拡大する国谷裕子さんとオンラインで対談するガイ・ライダーILO事務局長
国谷 これまでのやり方を変え「ビルド・バック・ベター(よりよい回復)」につなげなくてはいけないのですが、のど元を過ぎれば改革の機運は失われがちです。
焼家 緊急支援の対象が1億人から1億3800万人に増え、資金が足りません。各国の財政悪化から国際支援が細ることを懸念しています。国際的な連帯が重要です。
ボーダーレスな時代、貧しい国にもビジネスチャンスがあり、そうした国から私たちが助けてもらうこともあります。グローバルな視野で見ないと、私たち自身が取り残されます。
国谷 世界金融危機を経たこの10年ほどの日本の変化を、どう見ていますか。
上田 相対的貧困という言葉を耳にするようになり、貧困は途上国の問題ではなくなりました。
一方で東日本大震災が起きて、私たち市民や企業の社会性も花開いた。もっと良い社会に戻していこうと様々なセクターの人たちが手をつなぐ機運が生まれました。もう一度、連帯の機運をこの1、2年で作ることが大事だと思います。
国谷 コロナで子ども食堂や高齢者の見守り活動もできなくなりました。社会の脆弱(ぜいじゃく)性を含め、今までの「オールド・ノーマル」をどう変えるべきでしょうか。
石井 自然はタダだからと好き勝手に使い、しっぺ返しを受けています。だから「自然資本」に価値をつけ、それをふまえた経済・社会システムに転換することが宿題です。
社会の脆弱性については目配りがなさすぎた。ただ、グローバル化のすべてが悪いとはいえず、一人ひとりが機会をつかまえて活躍できるよう、教育や保健を通じ、「人的資本」を育てていくことが根本的な解決策です。また、自然や社会的弱者にきちんと気配りをした資本主義へと動く企業が、社会からも投資家からも支持される「良い循環」を作り出すことも大事です。
上田 「自然資本」があってこその世界だと理解する人が育ち、新しい仕組みを考えていくしかない。そのためには穴埋め問題が得意なのではなく、問い自体を立てられる人材が必要です。教育が社会に反映されるまでには時間がかかりもどかしいが、そこに希望を持ってSDGsを広める活動をしています。
メディアも、未来へ向けたビジョンを示していけるかどうかが問われていると思います。
ガイ・ライダー氏「取るべき正しい道はSDGs」
コロナの前からSDGsの達成は遠のいていました。諦めるのか、別のことをするのか、岐路に立たされています。最悪の事態は、続けようと言いながら信じず、何もしないこと。私は取るべき正しい道はSDGsだと思います。
SDGsは「より良い復興」のプロセスを描くコンパスであり導き星です。SDGsを達成することで実現する「より良い日常」を目指そうと申し上げたい。
国谷 地球を守り、誰ひとり取…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル