「この先どうなるのか。路頭に迷うのではないか」。沖縄県にある食品工場の社員は不安に駆られた。
新型コロナウイルスの第5波が訪れた昨夏、従業員1人の感染が判明。その後、約100人のうち、計15人が陽性とわかった。完成間もない最新鋭の工場は、県内の複数店舗のスーパー向けに、食肉を月100トン以上出荷していた。
徹底した衛生管理で知られ、手指を消毒しないと作業場に続くエアシャワー室にすら入れない。低温かつ湿度を一定に保つため、換気も難しい。それが、裏目に出たのか。「衛生管理こそが私たち食品工場の存在意義。国の基準、取引先が求める以上の管理を徹底してきたのに」。社長は悔しさをにじませる。
操業を続けていいのか。社長は2日間、保健所に電話したがつながらない。取引先から切られる不安もあった。保健所に直接足を運び、最後は自らの判断で操業の継続を決めた。工場内の消毒、休憩場所の閉鎖など、感染対策を徹底した。
「みんな不安だと思う。無理をせず休んでいい」と従業員に伝えると、約20人が休んだ。給与も補償した。出勤したのは普段の半分以下の約30人。役員も現場に出て、在庫を回しながら乗り切った。
昨年12月下旬、工場を訪れると、白衣姿の約70人が豚肉をスライスしたり、唐揚げを袋詰めしたりしていた。室温5度の作業場で、クリスマスや正月向けの食材作りが、静かに進んでいた。「日常」が戻りつつあった。
社長は言う。「我々には供給責任がある。従業員の暮らしを守り、人の命を支えるのが仕事です」
船橋市に工場を持つ食品会社は、昨夏に従業員約300人中50人以上の感染が判明し、操業の一時停止に追い込まれた。「対策は徹底していたつもりだが」と担当者。その後、出入りする関係業者も含めた希望者全員にワクチンの職域接種を実施した。
西日本の大手スーパーでは、8月のお盆の繁忙期、従業員約700人の働く食品工場で毎日のように感染者が出た。「地域の食の生命線。何とか止めないように考えたが、従業員と住民の安全にはかえられない」。一部で製造ラインを止め、食品を一部別業者に外注せざるをえなかった。
感染が起きた場所、最多は「医療・福祉施設」ではなく…
コロナ第5波の感染状況を見ると、それまでとは異なる傾向が浮かび上がる。
企業や自治体が21年10月までにウェブサイトで公表した感染者の数や発生場所のリリース情報を、JX通信社から提供を受けて朝日新聞が分析。2人以上の感染が起きた場所を抽出した。第5波では、第1~4波で高かった医療・福祉施設の割合が下がり、食品工場や物流拠点を含む「工場・市場」での発生が最多に。百貨店の食品売り場「デパ地下」でも度々発生した。消費を支え、テレワークの難しい対面の職場で感染が広がったことがうかがえる。
暮らしを支える最前線の職場は、人手に頼る部分が大きい。東京都台東区では、不燃ゴミの収集が止まった。収集を担う台東清掃事務所で、職員1人の感染が確認されたのが昨年8月6日。全員のPCR検査で、最終的に職員148人中、19人が陽性となり、29人が自宅待機になった。
曲山裕通所長は頭を抱えた。「真夏に可燃ゴミの収集だけは止められない」。民間業者の代行を検討したが、「土地勘がなく難しい」と断念した。不燃ゴミ担当に可燃ゴミ収集に回ってもらったが、それも限界に。やむなく、不燃ゴミの2週間の収集停止を決めた。
職員たちは、住民からの苦情を覚悟した。ところが、待っていたのは意外な反応。「いつもありがとう」「今日のゴミは重たくてごめんなさい」。ゴミ袋に、感謝の手紙が貼られていたのだ。
住民のパート女性(41)は「当たり前だったものが途切れ、これまで意識していなかった作業員の存在のありがたさを感じるようになった」。契約社員の女性(44)は「この人たちが在宅勤務の私たちの生活を支えてくれているんだ」と思い、「大変ですね。ありがとう」と声をかけるようになった。
職員の長峰顕史(あきふみ)さん(49)は、一緒に作業した同僚の感染がわかり、14日間休んだ。復帰後、行く先々で住人たちに声をかけられた。「大丈夫だった?」
ゴミ収集に関わって17年。業界は慢性的な人手不足だ。収集車1台に2~3人が乗り込む「密」な現場で、長袖長ズボン、マスクでの作業は、「夏は言葉にできないくらいしんどい」。破れたゴミ袋から、使い捨てマスクが飛び出すことも日常茶飯事だ。コロナの特別手当などはない。でも「誰かがやらんといけん仕事ですから」。
鈴木宣弘・東大大学院教授(農業経済学)はいう。「誰が社会を支えているのか、コロナ禍で誰の目にも明らかになった。社会や消費のあり方を再考するべきではないか」(斉藤佑介、河崎優子)
コロナ禍で浮き彫りになった、社会に必要不可欠な働き手の存在。でも、賃金は低く抑えられていることが少なくありません。目先の人手不足を外国人労働者で補ってきた日本は、これから、どうなるのでしょうか。
人手不足を補ってきた外国人労働者、これからは
コロナ禍で浮き彫りになった、社会に必要不可欠な働き手の存在。でも、賃金は低く抑えられていることが少なくない。なぜか。
山本勲・慶応大教授(労働経…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル