阪神・淡路大震災が起きた直後から、神戸で被害状況を刻々と伝え続けたラジオ局があります。
AM神戸の愛称で親しまれ、地域の細やかな情報発信を担っているラジオ関西(神戸市中央区)です。
大地震があったあの日、当時は須磨区にあったラジオ関西は発災15分後に放送を再開しました。天井から水漏れする中、安否情報や生活情報を伝え続けました。被災地では当時もいまも、ラジオは貴重な情報源です。
1995年1月17日の朝は、どんな放送だったのでしょうか。
当時の音源が残っていると知り、普段はラジオをほとんど聴かないという高校生2人が同局を訪れました。
震災後に創設され、今春で20年になる兵庫県立舞子高校環境防災科(かんぼう)で学んだ若い世代は、震災について何を学び、何を思うのか。その姿を描きます。後半では、ラジオ関西のラジオパーソナリティー谷さんから震災当時の話を聴く様子を音声でお聞きいただけます。
神戸市垂水区にある兵庫県立舞子高校に通う、森亮太さんと信川悠太さん。2人は同校の環境防災科(かんぼう)の3年生です。
かんぼうは地域の防災活動の担い手を育てようと、02年4月に全国で初めて設置された防災専門学科です。阪神・淡路大震災の教訓を生かし、授業の3分の1が防災に関することを学んでいます。被災地での活動にも力を入れています。
同局で2人を迎えたのは、ラジオパーソナリティーの谷五郎さん(68)です。30年以上のベテランで、今も同局で冠番組を持っています。
司会者は火の元の確認を呼びかけ続けた
谷さんはあの朝、午前6時半…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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