視界いっぱいに丸みを帯びた黒いネコの人形が並ぶ。口を大きく開けたり、ウィンクしたり。その表情は一つずつ違うが、みんな笑顔だ。
この不思議な場所は「ぶいぶいが~でん」。瀬戸内海に浮かぶ粟島(香川県三豊市)の北東部にある。
人形は漁業で海に仕掛けた網の位置などを示す浮標「ブイ」で作られている。
管理するのは、元漁協職員で現在は島のアーティストとして活動する「えっちゃん」こと松田悦子さん(80)だ。
25年前、島のあちこちに捨てられているブイが気になった。カキとノリの養殖が盛んだったが、漁師は年々減っていった。使わなくなったブイばかりが島にたまってゴミになっていた。
「なんとかしよう」。松田さんはブイを二つ組み合わせ、地蔵に見立てた。プラスチック製のブイを灰色に塗って穴を開けて胴体に、ドリルで目や口をくりぬいた顔を載せた。
次々と仕上げ、その数、88体に。「ぶいぶいが~でん」の始まりだった。
その後もブイ人形は増え続けた。こだわりは「表情に勢いを与える」。デザインは「悩むんじゃなくて、浮かんできた」。
2013年の瀬戸内国際芸術祭では、会場の一つになった粟島の道案内のため、ネコ型のブイ人形を設置した。ブイの突起がネコの耳に見えたのだという。
ところが、それからは作りたいブイ人形のイメージがさっぱり浮かばなくなった。島内のアート作品を指揮したでアーティストの日比野克彦さん(現・東京芸術大学学長)から、「もう自分のものになったっていうことだね」と言われ、安心した。
ブイ人形は制作から保存の段階に移った。若手芸術家が作品を島民と共同制作する「粟島芸術村」での活動に力を入れることにした。
「今は作品だけど、このままメンテナンスをしなければ、またゴミになるからね」。1年に1度、塗装がはがれた部分を塗り直している。「海のゴミでもアートになる。見た人がニコッと笑って帰ってくれたら」
最後に記者が「ブイ人形は何体いるんですか」と松田さんに尋ねると、「もう分からないねえ」と苦笑い。数えてみたら、392体いた。(内海日和)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル