国内に現在550カ所以上あるブルワリー(クラフトビール醸造所)で、北海道美深(びふか)町の「美深白樺(しらかば)ブルワリー」は最北に位置する。美深町は、村上春樹氏の小説「羊をめぐる冒険」の舞台といわれる。
「美深まで飲みに来たいと思わせる日本一おいしいビールを造りたい」
ブルワリーの社長、高橋克尚(よしなお)さん(50)は、そう話す。
国内大手IT企業で社内インフラ整備をしていた高橋さんが、初めて美深町を訪れたのは2017年9月だった。
大きなプロジェクトが一段落し、燃え尽き症候群のような状態に陥っていた高橋さん。気分転換に友人が北海道旅行に誘ってくれたのがきっかけだった。
村上氏の小説を愛する友人は毎年のように美深町を訪れ、小説に出てくる別荘とそっくりの「ファームイントント」というペンションに泊まっていた。高橋さんはレンタルした大型バイクで道内をめぐりながら、「トント」に2泊した。
そこで経営者の柳生佳樹さん(74)と知り合った。
夜、柳生さんの牧場の羊のジンギスカンを囲むと、ビールと会話がすすんだ。
柳生さんは、羊牧場とペンションのほか、白樺樹液の採取と販売も手がける。その白樺樹液をつかったビールをつくりたいという構想に、高橋さんは聴き入った。
冬の間、根に樹液をためた白樺が春を迎え、葉を芽吹かせようと枝々に樹液を送り込む。
「その自然の恵みを少しばかりいただき、ビールにしたい」。柳生さんは語った。
北海道での、「トント」での2泊が、高橋さんを突き動かした。
18年夏、1年で最初のビールを造ると宣言して美深白樺ブルワリーが発足。高橋さんは社長になった。
19年9月、初めてのビールが完成する。お披露目会としてブルワリーで開いたビアフェスは、来場者でいっぱいになった。
高橋さんは「何もない美深に来て、時間を過ごすことに価値がある」と話す。
「ビールは人の感情に寄り添う飲み物です。美深に来てビールを飲んで、あなただけの感情や物語を感じてほしい」(佐々木洋輔)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル