フランス生活を終えた金原ひとみ「日本人に必要なのは“共感のスイッチを切る”能力」(ハフポスト日本版)

「わかり合えない」ことを伝えるために小説を書いている

金原ひとみ――。衝撃的なデビュー作『蛇にピアス』で、20歳で芥川賞を受賞し、純文学界に旋風を巻き起こした。

作家としてのキャリアを着実に積み上げつつ、結婚、出産、原発事故後の岡山避難、そしてフランス移住生活を経験した。そんな金原が送り出す最新作『アタラクシア』(集英社)は、現代を生きる20代~30代の男女が織りなす群像劇だ。

心の平穏を求める彼らは、うまくいかない人間関係の中で、ときに不倫に走り、わかり合えなさに救われる。そこで描かれる世界観は、昨今の「世間」の風潮や、日本社会で常識的に「良い」とされることと真逆だ。あえて、物議をかもすテーマを放り込む意味はどこにあるのか。

東京暮らしを再開した金原が口をひらく。

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細身の黒いワンピース、耳や唇を飾るたくさんのピアスーー。応接間にいたのは、どこか近寄りがたくて、芯が強そうなイメージ通りの「金原ひとみ」だった。もっとも、イメージはインタビューがはじまってすぐに打ち消されることになる。

彼女は終始、よく笑い、時に真剣に質問に答えた。

――この小説には、不倫中の女性や夫からのDVに耐える女性が登場します。どこかスキャンダラスで、今の日本社会なら叩かれそうな人たちばかりですよね。

叩かれそうな人たちばかりですけど、小説は単純に「ダメかどうか」を論じるツールではないので、ワイドショーや週刊誌なんかとは全く違う方向から不倫、DV、盗作といったモチーフに向き合えますよね。

不倫に批判的な人であっても、ストーリーや登場人物たちの過去を通じて物語に入ればまた見え方が変わってくるのではないかと思いました。なので、冒頭も主人公で翻訳家の由依に、どんなバックグラウンドがあるのかはあえて明かさない。物語が進むうちにどうも既婚者らしいということがわかるようにしています。

今の日本社会で「不倫」はSNS でもバッシングの対象で、有名人ならなおのことで、例えば男女関係があったかなかったかまで聞かれることもありますよね。

恋愛はとても個人的なことなので、まるで成人した子供にウンコをしたかどうか聞く親のような、距離感の測り間違いを感じます。

――この小説で描いているのは「わかり合えなさ」、つまり家族であっても、女性同士であっても人間がすべてをわかり合うのが難しいということだと思いました。

私は小説を書くときに、ちゃんと人に伝わるだろうと思って書いています。でもそれは、人と人とはどんなに近くにいても、どんなに話し合っても、どうしてもわかりあえない、ということが伝わるだろう、ということでもあります。

最近のSNSでは「わかる、わかる」という共感の嵐が巻き起こっていますよね。でも、それは「わかる」の階層が随分引き下げられたところにある「わかる」でしかありません。

今回の小説はそれぞれに全く違う原理、主義主張、性癖を持っている人たちが一緒に生活したり、社会で共生したりしている。それをシチュエーションとしてわかりやすい形で表現したいと思っていました。

――物語の中でフランスの話や震災の話が出てきますね。震災、原発事故後に移住したパリの経験も取り入れているように思えました。

フランスはいろんな人が入り混じって生活しています。私だけでなく、多くの人がマイノリティーです。その中で変化したこともありました。フランスに行って、最初は言葉も通じないし、手続きも進まないし、腹が立つことばかりでイライラしていたんです。

でもあるとき、ふとスイッチが切れて、何も感じなくなったんですね。開き直りというか、完璧に感情が切れてしまって……。「いちいち怒ってしまったら、死んでしまう!」という感じです。その時から完全に心の中が無風になりました。

フランス生活で、フランス人ならこう思うだろうなと、物事を対比して見ることができるようにもなりました。自分の意志だけではどうにもならない状況で感じた苦悩は、主人公・由依のキャラクターに反映されています。

不倫の話でも、例えば政治家でもスキャダルでむしろ好感度が上がっていたりもしました。「あんな真面目そうな顔してやるじゃん」くらいの反応でしたね。

娘の学校でも子連れ再婚や養子を迎えている家族もいましたし、家族の形も自由度が高い。風通しがよくて、各々が理想の家庭像を持ってそれをナチュラルに具現化しているような印象を持ちました。

――以前の作品にあった、どうにもならない「生きづらさ」を描くということから、フランスの経験を経て、それぞれの価値観を描き分けるという方向に変化もしているように思いました。

年齢もあるのかもしれませんけど、昔は人の言うことにいちいち反応したり、腹を立てたりしたんです。それが気にならなくなってきましたね。呆れるくらい色んな人がいて色んな価値観があって、色んなことを言う人がいる。その自然の摂理を受け入れた、という感じです。 生きづらさはフランス生活のおかげもあってだいぶ緩和されましたね。

Source : 国内 – Yahoo!ニュース

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