茨城県内で農作物の盗難が増えている。県警が把握した8月末時点の被害総額は前年同期に比べて約2倍にのぼる。夜間に人気(ひとけ)のなくなる田畑やビニールハウスを狙う手口は、防犯対策が取りづらく農家の悩みと不安は尽きない。実りの秋を迎え、被害がさらに拡大する恐れがあり、県警は警戒を強化している。
つくば市で今月、盗難被害に遭ったブドウ農家がいる。21日、朝日新聞の取材に応じた。水田と畑が広がる郊外の農村地帯。集落からやや離れた田畑の中に、ぽつりぽつりとブドウ栽培のビニールハウスが点在する。
柔和な表情でとつとつと被害状況を説明してくれていた鴻巣義一さん(74)の顔が一瞬、険しくなった。盗難に気づいた瞬間の心境を尋ねた時だ。
「やられた。収穫の朝ですよ。悔しさしかない」
声にやるせなさと憤りがにじむ。
鴻巣さんが収穫のためビニールハウスに出向いたのは、今月12日の午前6時半ごろ。ハウス2棟の扉がともに半開きになっていた。前日午後6時ごろに閉め、取っ手を細身のロープで幾重にもくくりつけたはずなのに。
入り口からのぞくと、シャインマスカットの棟も、巨峰の棟も、一部を残してほとんどの房が切り取られていた。そばの肥料小屋も荒らされた。
警察に届けた被害はシャインマスカットが約250房、巨峰も約200房。肥料は1袋数千円する高額なものばかり約30袋が持ち去られ、肥料散布用の器具までなくなっていた。被害額は計40万円相当という。
「ブドウは9割方やられた。肥料は安い鶏ふんなどには手をつけていない」と鴻巣さん。「あれほどの量を一気に運ぶには、1人や軽トラック1台では無理ではないか。どうやって売りさばくんだろう。インターネットかね」といぶかる。
65歳で会社を退職後、本格的に農業を始めた。ブドウ栽培は、退職後の夫婦旅行で山梨県を訪れた時にプレゼントされた1本の苗が根付いたことがきっかけだ。独学で有機肥料などの使い方を試行錯誤し、5年ほど前から農協の直売所に出せるようになった。ようやく軌道に乗り、新たに3棟目のハウスで若木を育て始めたところだった。
「『おいしいのに安い』と喜んでくれていたお客さんが、がっかりしている」
自衛策はないのか。
「扉にカギをかけていたとしても、ビニールハウスですから。ビニールやネットの部分を切って侵入されたらひとたまりもない」。夜通し見張ったり見回ったりするわけにもいかない。
今後は、センサーを設置して自宅にいながらスマートフォンで確認できるシステムを導入するか、ハウスの骨組みを人が侵入できないくらい密にするか、思案を巡らせる。
「対策にはお金がかかる。うちのような小規模な栽培者にとって収支が見合うかどうか」
鴻巣さんの柔らかい顔つきが、また曇った。(中村幸基)
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茨城県警によると、県内で確認された農作物の盗難被害は、8月末時点で58件と前年同期(47件)より11件増えている。被害総額も約660万円で、前年同期(約330万円)の2倍に。秋口は収穫期と重なって被害が拡大する恐れがあり、警戒が必要だ。
盗難被害があった58件のうち、県西地域が4割超の24件を占め、県南地域が12件、鹿行地域が11件と続く。防犯カメラのない広々とした畑が夜間に狙われ、農家が翌朝に被害に気づくというケースが目立つ。中にはビニールハウスを外から破って侵入するなど悪質な行為も確認されている。
予防策としては、防犯カメラのほかに熱や物の動きに反応して警報音が鳴るセンサーなどもあるが、「音が出て近所迷惑にならないか」「設置費用がかかる」といった理由で普及が進んでいないのが実態だ。
近年の被害は年間80~100件で推移し、収穫期を迎える9、10月に集中する傾向にある。被害現場には物的証拠が乏しく、現行犯以外での検挙が容易ではないという。県警は、過去に被害があった地域を中心にパトロールを強化。不審な人を見かけたらすぐに通報するよう呼びかけている。(原田悠自)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル