新型コロナウイルスの感染拡大で、欧米各国で国境の封鎖や集会・外出の禁止といった措置が相次いでいる。日本でも法改正により、「緊急事態宣言」を出せば移動の自由などを制限することが可能になった。権力者による私権の制限はどこまで認められるのか――。政治思想史を振り返ると、イタリアの思想家マキャベリは法治の停止に懸念を示した一方、英国の思想家ジョン・ロックは危機を乗り越えるため一時的に「大権」を発動する必要性を論じたという。ところが、政治社会学者の堀内進之介さんは、新型コロナウイルス対策で安倍政権が「緊急事態宣言」を出せば、「マキャベリもロックも反対するのでは」という。なぜだろうか。
政治社会学者の堀内進之介さんに聞く「私権の制限」
拡大する政治社会学者で首都大学東京客員研究員の堀内進之介さん=本人提供
《ほりうち・しんのすけ》1977年生まれ。専門は政治社会学、批判理論。著書に『善意という暴力』『人工知能時代を〈善く生きる〉技術』『知と情意の政治学』など。
――フランスで外出が原則禁止されるなど、欧州各国で急速に私権が制限されつつあります。
「世界各国で感染拡大を防ぐ政策の『有効性』と、そうした政策をとる政権や政府の『正統性』、そして個人の自由という法の『普遍性』の三つがせめぎ合っている。私権を制限すれば感染拡大を防げるかもしれない。でも、大幅に自由を制限すれば人間らしい暮らしは成り立たない。これは公衆衛生の『必要性』と、法のもつ『正しさ』の対立とも言える」
――個人の利益を足し合わせれば、社会全体の利益が最大になる、といった単純な話ではないと?
「医師と患者の関係には二律背反がある。患者には適切な治療を拒否する権利もあるが、患者の自己決定に頼る形で感染者が勝手な振る舞いをすれば、感染拡大で不利益をこうむる人が出て社会の存続が危機に陥る。こうした公衆衛生の観点に立てば、公益のために私権を制限する必要があるのは明らか。平時は私権を制限してはならない一方で、緊急時には構成員すべての人権を総体として擁護するために、一部の私権を制限する必要がある」
――法改正で国内でも緊急事態を宣言すれば移動や集会、経済活動の自由などが制限できるようになりました。ただ、感染症や戦争を理由に国家が大きな権力を行使すれば民主主義が危機に陥る、と懸念する声は根強いと思います。
「個々人の生活や社会を成り立たせる基本的営みがウイルスにとって都合のいい状態を生み出している。今は遠隔会議や動画配信などの代替技術もある。欧米でもテロ対策を理由に市民権を剝奪(はくだつ)する事例など、私権の一部を制限することはありうる」
「政治思想史を振り返ると、民主主義と緊急事態条項のような国の権力行使は両立するという議論もあった。イタリアの思想家マキャベリが著書『ディスコルシ(ローマ史論)』で法治の停止に懸念を示したのに対し、英国の思想家ジョン・ロックは『統治二論』で危機を乗り越えるために一時的に『大権』を発動する必要性を論じた。今に始まった話ではなく、繰り返し問われてきた問題だ」
「独裁」許された古代ローマの3条件
拡大する衆院本会議で、新型コロナウイルス感染拡大に対応するための新型インフルエンザ等対策特別措置法改正案が可決された=2020年3月12日
――欧米の民主主義の思想的起点となったマキャベリとロックは、正反対の立場をとっていたんですね。
「やっかいなことに現代の欧米や日本のような民主国家では、民主主義の思想的な根っこにあたる共和主義と自由主義のうち、個々人の私権を広く認めようとする自由主義が重視され、市民による自己統治を重んじる共和主義が背景に退く傾向が続いてきた」
「でも、個人の自由を侵しては…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル