前回の平昌五輪で銅メダルに輝いたカーリング女子の「ロコ・ソラーレ」。チームを育てた人口約3500人の北海道・旧常呂町(現北見市)は、長野から北京まで7大会連続で五輪選手を送り出してきた。では、なぜ常呂なのか。
「カーリングといえばカナダ。五輪の舞台で戦えてすごくよかった」
11日にあったカーリング女子の1次リーグ。北京での初白星を挙げたロコのスキップ藤沢五月選手(30)は、その相手がカナダだったよろこびを笑顔で語り、この勝利は「先輩たちのおかげ」と感謝した。
元・世界王者が講習に
常呂でカーリングが始まったのは1980年のこと。北海道とカナダ西部アルバータ州が友好州となった縁で、同州出身で61年世界王者のウォーリー・ウルスリアックさんが北海道池田町で講習会を開いたのが始まりだ。
常呂からこの講習会に参加していたのが、のちに常呂カーリング協会を立ち上げる、小栗祐治さん(2017年に88歳で死去)や阿部周司さん(07年に58歳で死去)。翌年から数年間、ウォーリーさんを常呂町に招いて教えを請うた。
カーリングの道具がなかったため、小栗さんたちは当初、セメントを詰めたビールのたるやガスボンベをストーン代わりにしていた。駐車場に木枠をおいてリンクを作った時期もあった。大の大人がほうきで氷を掃く様子は「滑稽」といわれることがあったが、話題にもなった。
国内初の専用リンクも
講習会で通訳を務めた北海道…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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