五輪効果で世界進出も? 干物づくり2代目社長の野望

食のプロと一杯@越後屋八十吉(東京都中央区)

 世界最大の魚市場といわれる豊洲市場(東京都江東区)。そこで毎日仕入れた魚で、干物をつくる会社がある。千葉県浦安市の大川水産。「干物は奥深い」と話す社長の大川三敏さん(55)の言葉に興味をひかれ、干物の魅力を語ってもらうことにした。

 話を聞いたのは、東京・東銀座の居酒屋「越後屋八十吉」。「炭火焼干物食堂」をうたい、常時20種類ほどの干物を提供している。古民家風の店内に入り、2階の半個室で大川さんと向かい合った。

 大川さんは大川水産の2代目。大学卒業後、豊洲に移転する前の旧築地市場で水産卸業者の社員として働いた。だから、魚の見極めには自信がある。「鮮度のよい、旬の魚を仕入れるのがまずは基本」

 干物に向くのは脂の多い魚だという。一番人気のアジも、脂質が10%以上あるブランドアジを使う。干物の作り方は魚種や大きさによって変わり、大川さんの会社では、機械干し、天日干し、灰干しの3種類で仕上げている。「干すことでうまみ成分を引き出している。干ししいたけと同じだよ」。なるほど。

 魚というと刺し身に目が行きがちで、今日のおかずは干物にしようと考えたことはあまりなかったなあ。そう反省していると、店長の岡田真之介さん(28)が4種類の干物を運んできてくれた。旬のイサキに、定番のサバとキンメダイ。島根県で水揚げされた「どんちっちアジ」もある。

外はパリッ、中はふっくら

 「冷めないうちに」と促され、まずはアジを一口食べてみる。脂はのっているものの、くどさはなく、まさに外はパリッ、中はふっくら。炭火は遠赤外線効果があり、表面をこがさずに芯まで熱が通るという。

 ちなみに、店の一番人気はサバの文化干し(790円)。銀ダラの西京漬け(990円)もファンが多い。

 一方、大川さんの会社ではアジの生産量が最も多く、1日4千枚つくる。サバが800~900枚、ホッケが600~700枚と続く。ただ、近年は漁獲量が減り、買い付けに苦労することもあるそうだ。「漁獲量が減って魚価があがると、ますます消費者が離れていく。ただでさえ肉に押されているのに、厳しい戦いだ」

 農林水産省の「食料需給表」によると、2017年度の魚介類の消費量は1人あたり年間24・4キロで、ピークの01年度より約16キロ減った。野菜の消費量はほぼ横ばい、肉は増えている状況をみると、魚離れが顕著に進んでいることがわかる。

 魚を買う場所も、魚屋からスーパーへ。「旬の魚やおいしい食べ方を伝える人が減ってしまった。調理をしやすいのは肉だ、と思っていない?」。確かにフライパンに入れて野菜と炒めるだけの肉料理に比べ、魚は割高に思え、見慣れないものはさばき方さえわからない。

 ただ、豊洲市場に行くと、数え切れないほどの魚に出会い、水産大国を実感するのも事実。16年に日本政策金融公庫が男女2千人に行ったアンケートによると、魚介類を食べる量を「増やしたい」と答えた人は4割に上った。

 大川さんによると、干物にする過程で水分や臭みが抜け、魚そのものが食べやすくなる。海域ごとに脂ののりや味の異なる魚を、太陽や灰の力を借りてさらに付加価値のある商品に変えていく作業はおもしろく、何年やっても飽きないという。「焼くとも違い、あぶるという食べ方も日本独特なんだよ」。外国人にも干物を食べてほしいといい、「来日客が増える五輪はチャンス」と話す。「海外で人気が出たら輸出しないとなあ」。ユーモアたっぷりの言葉で干物談議が締めくくられた。

灰干しの決め手は鹿児島の……

 干物はどのようにつくられるのか。大川水産の関連会社で、干物の製造を一手に担う日和屋の工場を見学させてもらった。千葉県浦安市にある工場の入り口で帽子にマスク、白衣を身につけると、工場長の山田博行さん(37)が案内してくれた。工場は浦安と静岡県沼津市の二つ。沼津は天日干しが多いのに対し、浦安では機械干しと灰干しがメイン。

 まずは機械干しの手順を見せてもらう。魚は、鳥取や長崎といった産地で買い付けたり、豊洲市場で競り落としたりするなど季節や相場によって変わる。

 年配の従業員が慣れた手つきで一尾ずつ魚を開き、洗った後で「塩汁」と呼ぶ塩水へ。塩に漬ける時間は魚種や大きさ、脂の乗り具合で異なるため、塩加減は日々調整する。「継ぎ足しで使う、秘伝のタレのようなもの」という。

 その後、真水につけて塩を抜く。保存食として食されてきた干物だが最近は健康志向の消費者が増えているため、塩分は控えめにしているという。

 乾燥前の作業はこれで終わり。あとは乾燥室に入れ、温風乾燥か冷風乾燥で仕上げていく。温風乾燥の場合は、早ければ1時間で商品になる。大きい魚や水分が多いものは一夜干しで仕上げることもある。

 次は火山灰を使った灰干しのエリアへ。「干物会社の中でも珍しい作り方」といい、魚を特殊なフィルムで包み、灰と灰の間に置いて15時間以上かけて完成させる。じっくり時間をかけるため、芯から水分が抜け、同時に臭みもとれる。

 作業の工程が多く、4人1組で作業が進む。「手間と時間はかかりますが長時間熟成させる間にたんぱく質がアミノ酸に変わり、おいしくなります」と山田さん。火山灰は鹿児島県から買い入れている。(西村奈緒美)

季節の魚、おいしい食べ方は

 日和屋で魚の仕入れから干物の販売までを手がける桑原英治さん(41)に、季節ごとのおすすめの魚とおいしい食べ方を聞いた。

●春

・アユ、イサキ、イワシ、アジ

●夏

・タチウオ、サンマ

●秋

・カマス、エボダイ

●冬

・キンキ、サワラ

 焼く時間はアジやサバだと両面で5~8分。ホッケなど大きいものはもう少し長くていいという。海の魚は身から焼き、表を5分。裏返して皮を1~2分焼く。川の魚は皮から焼く。火加減は中火か強火。日持ちするのは冷蔵で4日、冷凍は2週間が目安になる。

 日和屋が製造する干物は年間約50種類。日和屋や大川水産の店舗がある駅ビルや百貨店で買うことができる。干物にとどまらず、干物をさらに焼いたり、煮たりした魚も並び、食欲をそそる。

     ◇

●越後屋八十吉(やそきち)

(電話03・6661・4586)

住所:東京都中央区銀座4の13の11、東京メトロ日比谷線東銀座駅すぐ

営業時間:月~木は11:00~24:00、金・祝前日は11:00~翌4:00、土・日・祝日は11:00~15:00、17:00~23:00

定休日:なし

平均予算:昼は500~1千円、夜は4千~5千円


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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