交流進む在日の町ウトロ 「一線引かれた」から「出会い」の場所に

 京都府宇治市に在日コリアンが集まって暮らす「ウトロ地区」があります。地区の歩みを伝える交流施設「ウトロ平和祈念館」が2022年4月30日に開館し、1年が過ぎました。差別や偏見は今も残りますが、若者を中心に交流は広がりつつあります。

1周年記念の音楽会で

 「いまは胸を張って歩ける」

 在日コリアン2世の権玉子(クォンオクチャ)さん(76)は4月8日、うれしそうに話した。宇治市伊勢田町の「ウトロ平和祈念館」であった1周年記念の音楽会。韓国のソプラノ歌手に促され、客席から舞台へ進み、笑顔で手を挙げた。

 ウトロ地区は戦時中に国策の京都飛行場建設で集められた朝鮮人労働者の簡易宿舎ができ、在日コリアンの集落になった。住民に土地の所有権がなかったため、地権者に土地明け渡しを迫られた。

 裁判の闘いで権さんらは京都市や東京にも通い、住環境などの現状を訴えた。敗訴したが、韓国政府や日韓市民の支援で土地の一部を買い取り、立ち退きは避けられた。「日本の人の支えなしでは運動はできなかった」。祈念館はその歴史を伝える。

ここまで大きく動くとは……

 京都市の小学校では「朝鮮へ帰れ」「キムチ臭い」といじめられた。ウトロへ移っても「(周りから)一線を引かれている」と感じた。「今も差別や偏見は一部あるが、随分変わった」

 祈念館ができて、来訪者が増えた。「ここまで大きく動くとは考えられなかった」

 権さんはこう繰り返す。

 「日本の人が協力してくれたおかげです」。ここに集まる住民共通の思いだ。

 4月30日は自身の誕生日でもある。「大勢の人が来て、自分も祝ってもらっている感じ」とほほえんだ。

知りたい 若者がボランティア

 音楽会の急な「出演者」が、もう1人いた。

 韓国の歌手が「故郷の春」「…

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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