京都アニメーション第1スタジオ(京都市伏見区)に放火して36人を殺害したなどとして、殺人などの罪に問われた青葉真司被告(45)に対し、京都地裁は1月25日、死刑を言い渡しました。青葉被告は2月7日付で控訴し、裁判は大阪高裁で続きます。
このような事件の再発を防ぐために、私たちにできることはあるのか。筑波大の原田隆之教授(犯罪心理学)に聞きました。
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「社会的背景」よりも
この事件に関しては、青葉被告の不幸な生い立ちや環境の要因ばかりがクローズアップされています。判決を受けての識者の声もそれを強調するようなものばかりでした。たしかに、青葉被告が不幸な家庭環境で育ったことは、事件の要因の一部ではあると思います。
私も以前に他のメディアの取材に対して、京アニ事件は本人の孤立やパーソナリティー(人格)の影響が大きいとコメントしたことがあります。
でも、裁判を通じて見えてきたのは、精神鑑定を通して、妄想的な思考を中心とする精神障害が犯罪の動機に大きな影響を与えていたということでした。
青葉被告は、京アニの女性監督とネットでやり取りして恋愛しているという思い込みをし、自作の小説を京アニに盗まれたと主張していました。また、常に「ナンバー2」と彼が名付けた得体(えたい)の知れない人物から監視されていたとも主張しています。そういった妄想的な思考は、事件の前後を通してまったく揺るがず、このような思考がなければ、これほどの事件が生じることはなかったと思います。
個々の研究ではなく、たくさんの研究を統合して何を言えるかを分析する手法を「メタ分析」と言います。犯罪のリスク要因のメタ分析を見ると、家庭や学校や職場など、社会的な関係が希薄で、充実した生活を送れていないことが、犯罪のリスクだと指摘する分析はたくさんあります。この事件の背景にも、こうした要因をいくつも指摘できることはたしかです。
たとえば、青葉被告は妄想が深刻になる前に、下着窃盗やコンビニ強盗を起こしていました。人に恨みを抱きやすかったり、粗暴だったりといった反社会的な傾向があったのだと思います。本人の価値観やパーソナリティーに妄想的な思考が前面に出る前から反社会的な傾向があり、こうした要因に精神障害が組み合わさって、今回の事件に至ったとみるべきです。
ここで注意すべき点は、精神障害自体が単独で犯罪の原因になることはほとんどないということです。被告が従前から有していた反社会的パーソナリティーなどの犯罪のリスク要因、彼が置かれた環境の要因、それらに加えて精神障害が影響を及ぼしたという理解が重要です。
したがって、本人にも責任はありますが、精神障害の影響による部分も考慮される必要があったのではないかと考えています。この点は、精神鑑定でも意見が分かれていましたが、判決では「完全責任能力あり」という判断となりました。
もちろん、戦後最悪の被害者を出した重大事件であること、被害者や遺族の心情、社会に与えた影響の大きさなどを勘案することはきわめて重要です。しかし、それと同時に専門家による精緻(せいち)な精神鑑定の結果も十分に考慮されるべきだったと思います。
「無差別殺傷事件」に共通項はあるのか
京アニ事件のような無差別殺傷事件全般を引き起こすリスク要因とは何なのか。科学的に導き出すことは、おそらく不可能です。
なぜなら、無差別殺傷事件は極めてケースが少ないからです。一つ一つを個別に見て、それぞれのケースにこういう事情があったと言うことはできますが、数が少なければ、全般的な知見を導き出すことは難しいと言わざるを得ません。
貧困家庭で育っても、虐待を受けて育っても、普通は無差別殺傷事件を起こしません。 秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大元死刑囚の場合、雇用の状況が事件に影響した面はあるでしょう。
でも、格差社会の中で、彼のような待遇の人はたくさんいると思います。その人たちがみんなあのような事件を起こすかというと、そんなことはありません。
加藤元死刑囚の中に反社会的なパーソナリティーがあって、環境的な要因との掛け算で、ああいう事件を起こしたのではないかと私はみています。
だからといって、同じことを青葉被告に言えるとは限りません。秋葉原事件の分析は、秋葉原事件だけの分析に過ぎないのです。
どうすれば事件を防げるか
それでは、京アニ事件のような事件は、どうすれば防げるのでしょうか。
青葉被告が事件前に置かれていた状況を考慮すると、雇用対策や孤立防止は徹底的にやるべきです。でも、そのような支援だけで京アニ事件を防げたかと言えば、防げなかっただろうと私は思います。
この事件は、繰り返し述べたように、精神障害が動機に与えた影響が大きかったとみています。
まず必要なのは、精神障害を持って孤立している人への支援です。青葉被告は事件前の長い期間、服薬をやめていました。もし彼に家族や親密な関係の友人がいたなら、彼の精神状態を懸念し、服薬を続けるように説得することもできたでしょう。やはり孤立対策は、このような事件においても重要です。
児童8人が殺害された2001年の「大阪教育大学付属池田小事件」の反省として、かつて開放されていた小学校は、部外者が入れないように物理的な対策を講じました。
それと同じように、今回の事件からも学べることはあります。ガソリン対策です。
ガソリンには大きな殺傷力があり、大惨事を招きます。
青葉被告は法廷で、ガソリンを使った理由について、2001年の消費者金融「武富士」弘前支店で5人が死亡した放火殺人事件などを参考にしたと語りました。
京アニ事件の後、総務省消防庁は省令を改正し、ガソリンを携行缶で購入する際には本人確認や使用目的の確認などを義務づけました。
このような対策を考えることが、同種の犯罪を防ぐのに効果的ではないでしょうか。
京アニ事件のような事件を、どうすれば防げるのか。無差別殺傷事件全般に話を広げても、有効な対策は打てないと思います。一つ一つのケースを個別に見るしかないのです。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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