「京都アニメーション」(京アニ、本社・京都府宇治市)の放火殺人事件から18日で2カ月。事件の前日に完成した新作映画「ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝」は興行成績6位にランクイン、監督初挑戦の藤田春香監督の希望で、制作に関わった全スタッフの名前がエンドロールに登場している。そこには、事件で犠牲となった全35人と、34人の全負傷者の名前も。「制作に参加した全員の生きた証し」(京アニ代理人)を、ファンはどう受け止めたのだろうか。(尾崎豪一)
9月上旬の平日、神戸市内の映画館。エンドロールが終わるまで席を立つ人はなく、場内にはファンがすすり泣く声が響いた。
「上映にこぎ着けてくれたことへの感謝や、作品が伝える身近な人との『愛』の大切さ。エンドロールでいろいろな思いがこみ上げた」。神戸市垂水区の大学生、穐本典偉(あきもと・てんい)さん(19)はこう話した。
「ヴァイオレット-」は、西洋風の街並み、広大な自然や貴族社会が存在する大規模な戦争後の異世界を描いた作品。街の郵便会社を舞台に、戦争で両腕を失った元少女兵のヴァイオレットが手紙の代筆業を通じ、さまざまな愛の形を知る姿を描いている。
日常の機微を描く作品が多い京アニには珍しく、戦争を題材に取り入れたシリアスな作品。壮大な世界観を描くため、ロケーションは海外でも行ったという。
制作の中心となったのは次世代のクリエーターたち。藤田監督は、吹奏楽部の生徒の青春群像劇を描いた「響け!ユーフォニアム」8話の演出で注目を集めた気鋭の若手だ。キャラクターの瞳や小道具を強調したり、対象物以外をあえてぼかしたりするカメラワークも高く評価されている。
キャラクターデザインに起用されたのも若手の高瀬亜貴子さん。線が多く、繊細なタッチの絵が特徴だ。事件で犠牲となった京アニ作画の大黒柱、寺脇(池田)晶子(しょうこ)さん(44)は「響け!-」の2作目の解説動画で、「(高瀬さんの描くキャラは)つやっぽかった。線が多くて動くかなって思うくらい」と評価していた。
若手が中心となった今作。それを支えたのは長年京アニを背負い、事件の犠牲となったクリエーターたちだった。
背景の作画をとりまとめる美術監督をテレビ版に続いて担当したのは、渡辺美希子さん(35)。ファンにとって、「ヴァイオレット-」は渡辺さんの代表作ともいえる作品だ。
シリーズ公開前に放映された数十秒のCM。渡辺さんが担当した背景は、短時間でシーンが入れ替わっても繊細な美しい絵が乱れず、「鳥肌が立った」「美しさを超えて感動の域」とファンの心をふるわせた。
ヒロインの商売道具「タイプライター」を描いた小物担当の一人は、「けいおん!」「響け!-」で楽器を描き、事件で犠牲となった高橋博行さん(48)。物語に欠かせないタイプライターは、高橋さんの緻密な作画で、確かな存在感で迫ってくる。
原画をつないで動きをもたせる動画を担当したのは、事件で犠牲になった石田敦志さん(31)。石田さんを含む犠牲者25人の名前が公表された先月27日、父の基志さん(66)は会見して「動画を自然に、しかも美しく動かすことにこだわっていた」と振り返り、「石田敦志というアニメーターがいたことを忘れないでください」と涙ながらに語っていた。
京アニはこれまで、エンドロールには1年以上の経験者の名前しか掲載していなかった。基志さんによると、敦志さんは初めて自分の名前が「けいおん!」2作目のエンドロールに載ったとき、「さすがにうれしそうだった」という。エンドロールに名前が載るということは本人や家族にとって誇りであり、夢であり、希望だった。
エンドロールに刻まれた、一人一人の生きた証し。大阪市中央区の会社員、入江秋帆さん(23)は「作品に携わった中に亡くなったと報道された人の名前が出て、涙が止まらなかった。京アニはこれからも頑張ってほしい」と声を詰まらせた。
Source : 国内 – Yahoo!ニュース