寄稿・柚木麻子(作家)
私にはそろそろ三歳になる子供がいるが、四月初旬から保育園通園を自粛している。家族が私の感染を心配したためだ。私は十代の頃、人工呼吸器を半年近く付けているような肺の病気をしていて、その後入退院を繰り返している。そんなわけで今、自宅で育児をしながら、書き下ろし長編を書いているのだが、まったく進んでおらず、頭にあるのは三食の支度のことばかり。作品よりも冷蔵庫のストックの方が断然気になるといういびつな状況だ。必要に迫られてまれに買い物に出た後は、商品や手指の消毒であまりに時間がかかるせいで、どんどん外に出るのがおっくうになっている。できるだけ子供を早く寝かせるように努めて、夜書いているので、朝は起きるのがつらい。
ゆずき・あさこ 1981年、東京都生まれ。主な著書に『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』。『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。近著は『マジカルグランマ』。
同じ保育園の母親たちは、医療関係者や販売業で、今なお最前線に立たねばならない人も多い。ちょうど今年の四月から、育休が明けて職場復帰をするはずが目処(めど)が立たなくなった友達もいるし、夫の仕事について行ったばかりの慣れないスペインで娘と家に閉じこもって暮らす友達も、リモートワーク出来ない職業についているシングルマザー、同じマンションの母親たちと連帯しながら綱渡りのようにしてかろうじて仕事を続けていたら住人に子供を黙らせろと怒鳴られた仕事仲間もいる。オンライン上で連絡をとりあったところ、それぞれ一番心を砕いているのが、家族がこれ以上暗くならないようにしていることだ。仕事や家事に加えて、少しでも子供の気がまぎれるように、おのおの工夫を凝らしている。お菓子やマスクを一緒に手作りしたり、ピリピリしないようにゆるやかにスケジュールを組んだり、ルーティンをゲーム化するなどのアイデアを日々、生み出している。
そうしているうちに、保育園から本格的に休園するというメールが届いた。
ところで、私が今、書いている…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル