富士山の南斜面の中腹で、樹齢200~300年のミズナラの巨木が軒並み枯れ始めている。虫が媒介する病原菌の広がりによる集団枯死「ナラ枯れ」だ。被害は広範囲に及び、貴重な天然林を見守ってきた地元の人々は焦燥感を強めている。
富士登山者らが利用する西臼塚駐車場(静岡県富士宮市)から近い国有林の中。富士山周辺の自然映像を長年撮影してきた動画制作者吉田嗣郎(つぐお)さん(80)=神奈川県秦野市=は8月下旬、通い慣れた森でミズナラの巨樹の幹が白っぽく変色しているのを見つけ、驚いた。根元には幹から落ちた木の粉がたくさん落ちていた。ナラ枯れの原因となる病原菌を運ぶカシノナガキクイムシ(通称カシナガ)の仕業だ。
このミズナラは幹周6・35メートル。吉田さんが2018年、環境省の「巨樹・巨木林データベース」に「ミズナラの王」と名付けて登録した。同データベースの登録樹では、富士山麓(さんろく)の樹木の中で最も太い。命名者の吉田さんは時折訪ねてはその雄姿に見ほれてきただけに、「王」の傷ついた姿にショックを受けた。
一帯はケヤキなども含めて巨木が多いが、ミズナラの巨木はどれも変色していた。「富士山の豊かさを象徴するような森。何とか助けられないものか」
だが、富士山のナラ枯れの被害はこの周辺だけにとどまらない。
自然保護活動に取り組むNPO法人「富士山ホシガラスの会」(同県御殿場市)では05~12年に、森の保存状態のいい南斜面を会員らがコツコツと歩き、幹周3メートル以上の巨木がどれだけ残っているか調査を行った。その結果、約1600本が見つかり、中でも一番多かったのがミズナラで351本を数えた。環境省のデータベースには登録していないが、7メートル近い巨樹もある。その多くが枯れ始めているという。
事務局長の勝又幸宣さん(70)によれば、これまでもナラ枯れはあったが、標高1200メートル程度までにとどまっていた。今年は1500メートル以上まで広がっており、「手の施しようがないほどひどい」と嘆く。
一帯の国有林を管轄する静岡森林管理署では9月、「ミズナラの王」の根元から高さ約2メートルまでキクイムシを捕獲する粘着テープを巻き付けた。あの有名なゴキブリ取りを応用したその名も「かしながホイホイ」。ムシの繁殖具合を調査すると同時に被害の拡大を防ぐ目的もあるが、防虫効果は限定的という。
ナラ枯れは10年前には京都の大文字山や奈良の若草山でも発生。全国的に被害が拡大している。森林病理学が専門の神戸大の黒田慶子教授は「巨木ほどムシが入りやすい。枯れ始めた木を助けることは難しい」という。
黒田教授によれば、ナラ枯れの広がりは「里山が放置されてきたこの半世紀のつけ」だという。炭や薪(まき)づくりが盛んだった頃は、樹齢10~30年で切っていた。林業がすたれ、木が切られなくなったために大木が育ち、里山づたいに病気が広がるようになった。さらに今年は春から気温が高く、ムシも繁殖しやすかった。
「巨樹・巨木を愛する気持ちは分かるが、森を守っていくためには、将来を考えて樹木が生きやすい環境作りがより大切だ」と長期的な視点での保護活動の大切さを指摘している。(六分一真史)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル