風が冷たくなると、酒造りの季節がはじまる。
京都の洛中唯一の造り酒屋「佐々木酒造」。夏の間、ひっそりとしていた酒蔵に活気が戻る。
蔵人たちが素顔に戻る「まかない」の時間。そこには、再会と、共に酒造りをする喜びを分かち合う二つの味がある。
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東の空が白みはじめるころ、二条城のすぐ北にある酒蔵の屋根の隙間から湯気が立ち上る。
足元から寒さを感じる京の底冷え。米を蒸す「甑(こしき)」と呼ばれる大型の蒸し器から出る湯気に、蔵人たちは、時折、手をかざす。
午前7時。米が蒸し上がると、ほんのり甘い蒸し米の香りが一気に立ちこめる。
こうじ米の栗のような香り。酵母が発酵するかすかな音。刻々と変わるもろみの表情……。
酒造りの指揮をとる田中豊人杜氏(とうじ)(56)は「酒造りは、生き物を育てる感覚に近い」。7人の蔵人は香り、温度、音、あらゆる感覚を研ぎ澄まし、酒造りに向き合う。
そんな蔵人らの表情が和らぐのが、昼のまかない時間だ。
婚約者から贈られた酒かす
佐々木晃社長(53)や、兄で俳優の佐々木蔵之介さん(55)ら三兄弟の母、紀美江さん(83)が、かつては20人ほどいた蔵人に、新酒の酒かすで作ったかす汁をふるまっていた。
紀美江さんは、先代社長で、夫の勝也さんとの婚約当時、山梨の実家に届いた酒かすの感動を忘れない。
「白くて、香りがよくて、ああ、こんなきれいな酒かすがあるんだなって」
結婚して京都へ。義祖母から…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル