ゲームの勝敗を競う「eスポーツ」の市場規模は1千億円超とされる。2016年に誕生したプロチーム「名古屋OJA(オウジャ)ベビースター」に所属する豊田市出身の阿部俊輔さん(27)は今春、チームに入って月額報酬30万円の契約を締結。対戦型カードゲーム「シャドウバース」を1日10時間以上やり込む日もあるプロeスポーツ選手だ。試合で「ぼーいん」を名乗る彼には、医学部を目指した過去がある。
「医者になれ」プレッシャー
自動車メーカー勤務の父と看護師だった母の間に生まれ、小学5年の時に母を亡くした。勉強に厳しい両親から「長男として立派であれ。医者になれ」と口酸っぱく言われ、「名古屋大学医学部合格」を課せられた。
計算や英文のプリントを毎日数時間解き、屈指の進学校、愛知県立岡崎高校に入学。土日も1日8時間勉強した。しかし、勉強に身が入らない。医者になりたいと思わなかったからだ。好きだったのは勉強の後に遊ぶゲームだった。「ストリートファイターⅡ」や「ポケットモンスター」。技術を磨き、頭を使って強くなるゲームにはまった。
中学の時、プロゲーマー梅原大吾さんの動画を見て衝撃を受けた。米国で開かれた「ストⅡ」の大会。早業で攻撃を防ぎ、必殺技を繰り出しての勝利に観客は沸いた。「ゲームで人を感動させる。こんな仕事を自分もやりたいと思った」
しかし、父には怖くて「ゲームのプロになりたい」と言えなかった。現役時代、センター試験前夜は不安でほとんど眠れず、当日は極度の緊張で記憶が飛んだ。点数はボロボロ。名大医学部はあきらめ、別の二つの大学の医学部も落ちた。浪人生活でもショックから立ち直れず、2度目の医学部受験も失敗した。
ゲームで父に認められた
医者という目標に自分を縛り付けてきた父。そこから逃げたいと思った。2度目の不合格から数カ月後、「死ぬ前には帰る」と父に告げて家を出た。コンビニとゲームセンターで1日8時間、週4日ほどアルバイトをした。それ以外はほぼゲーム。心の底から楽しいと思える時間だった。
プロになるチャンスが巡ってきたのは、16年。ゲーム開発・運営大手サイゲームスが「シャドウバース」をリリースし、賞金付きの大会開催を発表した。阿部さんは毎日10時間以上の猛練習を重ね、全国4位になった。
18年春には日本でプロリーグが開幕し、その年の夏にプロチーム「アクシズ」に採用された。父にメールすると、「つらくなったらいつでも帰って来い」と返事が来た。一人の人間として認められた気がした。
取り戻した自信から行動に
しかし、甘くなかった。5試合で1勝4敗。シーズン終了後に契約を解除された。ショックだったが、ゲームは医学部不合格で自信を失った自分にとっての支えだったことに気づいた。「プロの舞台に立つことで自信を取り戻せた。似た境遇の人は他にもいる。そんな人が輝ける舞台をもっと増やしたい」
地元出身者を積極採用していた名古屋OJAに応募した。話を聞いたメンタルコーチの石井康二さんは「信念をしっかり持っている」と評価した。eスポーツは昨年のアジア競技大会で公開競技になった。全国組織「日本eスポーツ連合」(JeSU)も18年に発足し、名古屋OJAは愛知県支部の拠点になった。名古屋OJAは阿部さんと契約し、JeSUの愛知県事務局職員を兼務させた。
阿部さんは愛知県内の企業を数十社訪れ、eスポーツを説明して回った。国体種目になったゲームの大会運営もこなす。26年には愛知県でアジア競技大会が開かれ、eスポーツが正式競技になる可能性がある。「ゲームが好きな若い人を支えたい」。表舞台に立つ選手を育てようと考えている。(千葉卓朗)
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〈シャドウバース〉 ゲーム開発・運営大手サイゲームスが配信する対戦型デジタルカードゲーム。プロ選手は強さや効果などが異なる約1千種類のカードから40枚を選び、1対1で対戦する。カードを交互に出して相手にダメージを与えたり守ったりする攻防を繰り広げ、相手の体力を0にした方が勝つ。選手はカード全種類の性質を熟知。どのカードをいつ切るかの戦略と、相手の手札を読み切る分析力が勝負を分ける。
シャドウバースのダウンロード数は2100万を超え、日本では昨年プロリーグが開幕した。計8チームが年間賞金総額2400万円を巡って戦う。パソコン画面上で繰り広げられる試合の様子はインターネット番組で配信され、毎回数十万人が視聴する。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル